広報中枢塔での勤務が始まって一週間。
凪の権限には、少しずつ新しい項目が追加されていた。
公開記録。
市民向け通知。
映像構成履歴。
未使用素材管理。
判断履歴参照。
都市観測解析室とは違う。
だが、まったく別の仕事にも見えなかった。
午前。
凪は外部視察向け資料の修正を担当していた。
題名は、異常時情報伝達と生活導線維持。
瀬尾が画面を確認する。
「ここです」
凪の文章が表示される。
帰宅経路喪失感を抑制するため、代替導線情報を段階的に提示する。
瀬尾は言った。
「間違ってはいません」
「修正しますか」
「します」
瀬尾は入力する。
道が変わった時、人が最初に必要とするのは次に進める道です。
凪は画面を見る。
意味は同じだった。
だが、使っている言葉が違う。
「解析室の資料なら前の文章です」
瀬尾が言う。
「視察資料ならこちらです」
凪は保存した。
午後。
外部視察団への説明があった。
行政担当者。
研究機関職員。
企業関係者。
様々な人が来ている。
凪は説明卓に立った。
「アークシティでは異常発生時、人が次に取る行動を優先して情報を構成します」
言葉は自然に出た。
「通れない場所だけを示しても、人は動けません」
「利用可能な経路、待機場所、係員配置、復旧見込み」
「それらを段階的に案内します」
説明は問題なく終わった。
質問も処理できた。
視察団は頷いている。
広報担当としては成功だった。
終了後。
瀬尾が言った。
「良かったです」
「ありがとうございます」
「伝わる言葉になっています」
凪は短く頭を下げた。
作業卓へ戻る。
移住希望者向け映像の確認作業が残っていた。
中央公開区域。
居住基盤区。
学校。
医療支援。
商業区。
整った映像が続く。
未使用素材の一覧を開く。
一つのインタビューで手が止まった。
外縁搬入区の登録居住者。
女性だった。
映像品質は良くない。
背景も暗い。
だが声ははっきりしていた。
「便利です」
女性は言う。
「助かっています」
一度、言葉を切る。
「でも中央の映像を見ると、自分の住んでいる場所とは別の街みたいに見えます」
凪は再生を止めた。
「その素材は外します」
瀬尾だった。
「理由を聞いてもいいですか」
「主題から外れるためです」
凪はもう一度映像を見る。
女性は間違ったことを言っていない。
だが。
この映像に入れれば話が変わる。
移住案内ではなくなる。
凪は素材管理画面を開いた。
理由欄へ入力する。
移住希望者向け映像の主題から外れるため。
分類。
生活圏差異資料。
保存。
夕方。
生活基盤区。
凪は現地確認へ出ていた。
案内表示。
導線表示。
利用状況。
公開情報局へ来てから、街を見る場所が少し増えた。
「凪さん」
声がした。
澪だった。
作業端末を持っている。
「なんか話し方、少し変わったね」
開口一番、澪はそう言った。
「そうですか」
「うん。前より言葉を選ぶようになった」
凪は少し考えた。
「悪い意味ですか」
「まだ分からない」
澪は表示盤を見上げる。
「でも前より整ってる」
しばらくして、凪が言った。
「今日、インタビューを一つ外しました」
「どんなの?」
「中央の映像を見ると別の街みたいに見える、という内容です」
澪の表情が少し変わる。
「外したんだ」
「はい」
「凪さんが?」
「私が処理しました」
澪は何も言わない。
少しだけ考える。
「理由は分かる」
やがて言った。
「移住案内だもんね」
「はい」
「でも、その人は大事なこと言ってる」
凪は頷いた。
「そう思います」
「じゃあいい」
澪は言う。
「どこかに残ってるなら」
「生活圏差異資料として保存しました」
「そう」
澪は頷く。
それ以上は言わなかった。
夜。
広報中枢塔。
凪は未使用素材一覧を開いていた。
外縁搬入区の女性。
分類済み。
保存済み。
処理は終わっている。
それでも、映像を閉じるまでに時間がかかった。
凪は新しい企画欄を開いた。
短く入力する。
生活圏ごとの見え方の違い。
保存。
窓の外では、夜のアークドームが静かに光っていた。
