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BLACK VELOCITY: What the City Leaves 第三話 似合う言葉

What the City Leaves
BLACK VELOCITY: What the City Leaves 第三話 似合う言葉

 広報中枢塔での勤務が始まって一週間。

 凪の権限には、少しずつ新しい項目が追加されていた。

 公開記録。
 市民向け通知。
 映像構成履歴。
 未使用素材管理。
 判断履歴参照。

 都市観測解析室とは違う。

 だが、まったく別の仕事にも見えなかった。


 午前。

 凪は外部視察向け資料の修正を担当していた。

 題名は、異常時情報伝達と生活導線維持。

 瀬尾が画面を確認する。

「ここです」

 凪の文章が表示される。

 帰宅経路喪失感を抑制するため、代替導線情報を段階的に提示する。

 瀬尾は言った。

「間違ってはいません」

「修正しますか」

「します」

 瀬尾は入力する。

 道が変わった時、人が最初に必要とするのは次に進める道です。

 凪は画面を見る。

 意味は同じだった。

 だが、使っている言葉が違う。

「解析室の資料なら前の文章です」

 瀬尾が言う。

「視察資料ならこちらです」

 凪は保存した。


 午後。

 外部視察団への説明があった。

 行政担当者。
 研究機関職員。
 企業関係者。

 様々な人が来ている。

 凪は説明卓に立った。

「アークシティでは異常発生時、人が次に取る行動を優先して情報を構成します」

 言葉は自然に出た。

「通れない場所だけを示しても、人は動けません」

「利用可能な経路、待機場所、係員配置、復旧見込み」

「それらを段階的に案内します」

 説明は問題なく終わった。

 質問も処理できた。

 視察団は頷いている。

 広報担当としては成功だった。


 終了後。

 瀬尾が言った。

「良かったです」

「ありがとうございます」

「伝わる言葉になっています」

 凪は短く頭を下げた。


 作業卓へ戻る。

 移住希望者向け映像の確認作業が残っていた。

 中央公開区域。
 居住基盤区。
 学校。
 医療支援。
 商業区。

 整った映像が続く。


 未使用素材の一覧を開く。

 一つのインタビューで手が止まった。

 外縁搬入区の登録居住者。

 女性だった。

 映像品質は良くない。

 背景も暗い。

 だが声ははっきりしていた。

「便利です」

 女性は言う。

「助かっています」

 一度、言葉を切る。

「でも中央の映像を見ると、自分の住んでいる場所とは別の街みたいに見えます」

 凪は再生を止めた。


「その素材は外します」

 瀬尾だった。

「理由を聞いてもいいですか」

「主題から外れるためです」

 凪はもう一度映像を見る。

 女性は間違ったことを言っていない。

 だが。

 この映像に入れれば話が変わる。

 移住案内ではなくなる。


 凪は素材管理画面を開いた。

 理由欄へ入力する。

 移住希望者向け映像の主題から外れるため。

 分類。

 生活圏差異資料。

 保存。


 夕方。

 生活基盤区。

 凪は現地確認へ出ていた。

 案内表示。
 導線表示。
 利用状況。

 公開情報局へ来てから、街を見る場所が少し増えた。


「凪さん」

 声がした。

 澪だった。

 作業端末を持っている。

「なんか話し方、少し変わったね」

 開口一番、澪はそう言った。

「そうですか」

「うん。前より言葉を選ぶようになった」

 凪は少し考えた。

「悪い意味ですか」

「まだ分からない」

 澪は表示盤を見上げる。

「でも前より整ってる」


 しばらくして、凪が言った。

「今日、インタビューを一つ外しました」

「どんなの?」

「中央の映像を見ると別の街みたいに見える、という内容です」

 澪の表情が少し変わる。

「外したんだ」

「はい」

「凪さんが?」

「私が処理しました」

 澪は何も言わない。

 少しだけ考える。


「理由は分かる」

 やがて言った。

「移住案内だもんね」

「はい」

「でも、その人は大事なこと言ってる」

 凪は頷いた。

「そう思います」

「じゃあいい」

 澪は言う。

「どこかに残ってるなら」


「生活圏差異資料として保存しました」

「そう」

 澪は頷く。

 それ以上は言わなかった。


 夜。

 広報中枢塔。

 凪は未使用素材一覧を開いていた。

 外縁搬入区の女性。

 分類済み。
 保存済み。

 処理は終わっている。

 それでも、映像を閉じるまでに時間がかかった。


 凪は新しい企画欄を開いた。

 短く入力する。

 生活圏ごとの見え方の違い。

 保存。


 窓の外では、夜のアークドームが静かに光っていた。