都市観測解析室は静かだった。
壁面には、アークシティ全域の人流分布が表示されている。
居住基盤区。
商業区。
中央公開区域。
エアロシャトル網。
下層連絡路。
赤嶺凪は、その中の小さな偏りを追っていた。
人が急に増えた場所。
表示切替が遅れた場所。
帰宅導線が詰まり始めた場所。
大きな異常になる前の揺れ。
それを見るのが、凪の仕事だった。
「赤嶺」
上司に呼ばれた。
「はい」
「今日から公開情報局側の権限が有効になる」
凪は頷いた。
一週間前に内示は受けていた。
都市観測解析室から、公開情報局への期間出向。
期間は三か月。
目的は、異常時情報伝達モデル改善プロジェクト。
異常を見つける側から、伝える側を見るための出向だった。
「向こうで何を見てくるかは自由だ」
上司は言った。
「ただ一つ」
「はい」
「解析室に戻ってきた時、見える景色が変わっていることを期待している」
凪は少しだけ考えた。
「努力します」
「努力はいらない」
上司は端末を閉じた。
「見てこい」
昼前、凪は広報中枢塔へ向かった。
窓の向こうにはアークドームが見える。
都市の中心。
重力炉中枢を包む巨大外殻。
アークシティの象徴。
ただ、凪の関心はそこではなかった。
公開情報局が何を見ているのか。
そちらの方が気になっていた。
広報中枢塔は、想像と違った。
華やかな宣伝映像ばかりを作っている場所ではない。
市民向け通知。
保守案内。
導線変更告知。
災害時表示。
公開情報管理。
生活に近い情報が多い。
むしろ都市観測解析室に近い空気だった。
ただし、見ている方向が違う。
解析室は、揺れを先に見る。
ここでは、その揺れを誰に、どの順番で、どの言葉で渡すかを考えている。
午後。
最初の合同確認会議へ参加する。
議題は、第七区画事故追悼日に向けた公開映像。
公開情報局。
重力炉管理局。
危険区画対策室。
都市運営局。
それぞれが確認権限を持っていた。
凪は会議室の後方席へ座った。
映像が表示される。
追悼碑。
献花台。
復旧した通路。
再編区。
現在の第七区画。
静かな映像だった。
事故当時の映像は使われていない。
説明も多くない。
表示が終わる。
短い沈黙。
そして、一人の男が口を開いた。
「事故当時の映像は追加しない」
火守仁だった。
危険区画対策室の上級執行調整官。
凪は、火守仁の顔を知らないわけではなかった。
危険区画関連の合同確認や記録映像で、何度か見ている。
ただ、こうして同じ会議室で彼の判断を聞くのは初めてに近かった。
「候補には残っています」
公開情報局の担当者が答える。
「検討用です」
「公開版には不要だ」
仁は言った。
「追悼は必要だ」
一度、言葉を切る。
「事故映像を流すことと、追悼は同じではない」
会議室は静かだった。
反対意見は出なかった。
会議終了後。
凪は公開素材一覧を確認していた。
事故当時映像。
閲覧制限。
内部検証資料。
教育用途限定。
公開候補外。
様々な分類が並んでいる。
事故そのものは消されていない。
ただ、置かれる場所が違う。
「気になるか」
声がした。
振り返る。
火守仁だった。
「少し」
凪は答えた。
「なぜ」
凪は考えた。
「追悼映像だからです」
「うん」
「何を残して、何を出さないのかが気になりました」
仁は凪を見る。
しばらく何も言わない。
やがて静かに口を開いた。
「映すことと残すことは違う」
短い言葉だった。
「公開しなくても消えるわけではない」
「はい」
「問題は、どこに残すかだ」
それだけ言って、仁は会議室を出ていった。
夕方。
凪は広報中枢塔の窓際に立っていた。
アークドームの外殻が夕陽を受けている。
都市は今日も動いている。
エアロシャトル。
通勤客。
公開区域。
再編区。
居住基盤区。
すべてが一つの街の中にある。
凪は仁の言葉を思い出していた。
映すことと残すことは違う。
意味はまだ分からない。
だが、その言葉だけが残った。
