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THE OBSERVER         第6話 並ぶ

THE OBSERVER
THE OBSERVER         第6話 並ぶ

その光は、最後まで何もしなかった。

数ヶ月が過ぎた。

白峰市は、以前よりさらに静かな街になっていた。

事故は減った。
怒鳴り声は減った。
会議は短くなり、結論は早く出るようになった。

FLOWは、今では特別なものではない。

強制ではない。
それでも、多くの人が自然に選んでいる。

便利だから。
楽だから。
穏やかでいられるから。

それは、間違いではなかった。

紫藤澪は、その穏やかさの中にいる。

夜は眠れる。
配信は荒れない。
言葉がぶつかっても、前のように長く尾を引かない。

感情がなくなったわけではない。

喜ぶし、腹も立つ。
悲しいことは、ちゃんと悲しい。

ただ、波が少し整っている。

それが、自分には合っている。
そう思える。

だから澪は、今の生活を否定しない。

整うことは、たしかに人を救う。

黒崎玲は、FLOWを入れていない。

会議で手を挙げる。
議事録には残る。
採用されないことも多い。

それでも、手を挙げる。

迷いを短くしないために。
意味を急いで与えないために。
少数であることを、すぐに誤差と呼ばないために。

玲は、自分の選び方を変えない。

それもまた、間違いではなかった。

夜。

環状線沿いの空見橋は、雨上がりの冷たさを残していた。

路面が街灯を映している。
遠くのビルの窓明かりが、薄く滲んで見える。

白い光は、今日もそこにある。

最初に見た日と変わらない。

高い位置。
音もなく。
近づきもせず、遠ざかりもせず。

ただ、在る。

玲が先に立っていた。

黒いカーディガンの裾が、風に少し揺れている。
濡れた柵に、いつものように指先を置いている。

しばらくして、澪が来る。

ポケットに手を入れたまま、玲の隣に立つ。

触れない。
離れない。

二人の距離は、最初の日から変わらない。

「結局、あの光からは何も起きなかったね」

澪が言う。

その声には、拍子抜けしたような軽さと、少しだけ本気の安堵が混ざっていた。

玲は空を見たままうなずく。

「起きなくていい」

「そうかもね」

少し間が空く。

車の走る音が、下の方で細く流れていく。

「観察、だったのかな」

澪が白い光を見上げて言う。

玲はすぐには答えない。

「分からない」

それから、静かに続ける。

「分からないままでいいと思ってる」

澪は小さく笑う。

「やっぱり、そこは変わらないね」

「変わらなくていいところもある」

風が吹く。

今日も不規則だ。

整いきらない風。
読みきれない流れ。

それを感じながら、澪はふと口を開く。

「私は整う」

玲は視線を前に向けたまま答える。

「私は迷う」

どちらも短い。
どちらも、もう説明を必要としない。

整うことも。
迷うことも。

相手を否定する言葉ではなくなっている。

ただ、自分の立つ場所を示す言葉になっていた。

白い光は、何もしていない。

助けもしなかった。
傷つけもしなかった。
答えをくれることもなかった。

それでも、人は考えた。

何なのか。
なぜそこにあるのか。
見られているのか。
意味を与えるべきか。
与えないままでいるべきか。

そのたびに、人は自分の選び方を確かめた。

整うことを選ぶ人がいた。
迷うことを選ぶ人がいた。

干渉がないからこそ、選び方の違いだけが静かに浮かび上がった。

もし本当に観察なら。

見られていたのは、光の下にいる人間ではなく、
人間の選択そのものだったのかもしれない。

何もされなくても。
何も言われなくても。
それでも人は、自分で均衡を選ぶのか。

その問いだけが、白い光のように空に残っている。

「あなたを見捨てない」

澪が、ぽつりと言う。

玲は横を見ない。

「知ってる」

「あなたを直そうともしない」

「それも知ってる」

玲の返事は短い。
でも、それで充分だった。

澪は少し息を吐く。

玲も、ほんの少し肩の力を抜く。

和解ではない。
理解しきったわけでもない。

ただ、並んでいられる。

それだけのことが、思っていたより難しくて、思っていたより強かった。

白峰市は、これからも整っていくのだろう。

事故はもっと減るかもしれない。
怒りはもっと小さくなるかもしれない。
会議は、さらに早く終わるかもしれない。

それでも。

風は不規則に吹く。
雨は均一には落ちない。
迷いはゼロにならない。

それでいい、と玲は思う。

それでもいい、と澪も思う。

同じ意味ではない。

でも、同じ空の下で。

白い光は、最後まで何もしなかった。

だからこそ、最後まで人間の物語だった。

整うことも。
迷うことも。
見捨てないことも。
直そうとしないことも。
離れないことも。

全部、人が決めたことだ。

澪はポケットに手を入れたまま、空を見ている。
玲は濡れた柵に触れたまま、風を受けている。

触れない。
離れない。

その距離のまま、二人は並ぶ。

光は消えない。
近づかない。
遠ざからない。

それでも、私たちは自分で選ぶ。