ARCHIVED FROM NOTE

BLACK VELOCITY: What the City Leaves 第四話 残らなかった名前

What the City Leaves
BLACK VELOCITY: What the City Leaves 第四話 残らなかった名前

 広報中枢塔へ来て二週間が過ぎていた。

 凪は追悼展示用の公開記録整理を担当していた。

 第七区画事故追悼日。

 中央公開区域に設置される小規模展示。

 事故。
 復旧。
 再編。
 制度改訂。
 現在。

 それらを限られた表示枠へ収める作業だった。


 表示候補一覧を確認する。

 公開記録。
 監査承認済み資料。
 教育用途資料。
 判断履歴。
 証言記録。

 分類は細かい。


 凪は証言記録を開いた。

 事故後の復旧作業従事者への聞き取りだった。

 設備担当。
 保守担当。
 誘導担当。

 様々な職員の記録が並ぶ。


 一つの証言で手が止まった。

 外縁設備保守員。

 匿名化済み。

 記録にはこう残っていた。

 あの日、自分は指示を待たずに通路へ入った。

 規定違反だった。

 結果として数人を外へ出せた。

 正しかったかは今でも分からない。

 短い。

 だが、妙に残った。


 午後。

 公開候補確認。

 瀬尾が一覧を見ていた。

「この証言は外します」

 凪は画面を見る。

「理由は」

「展示主題から外れるためです」

 瀬尾は答える。

「今回は制度改訂の展示です」

「はい」

「個別判断を中心にすると主題が変わります」


 凪は頷いた。

 理由は理解できる。

 事故後の制度。
 監査。
 復旧。

 それが展示の主軸だ。

 個人の判断を中心にする場所ではない。

「保存はされます」

 瀬尾が言う。

「削除ではありません」

「分かっています」

 凪は証言を公開候補から外した。


 作業は順調だった。

 展示構成もまとまる。

 事故。
 復旧。
 制度改善。
 再編区。
 未来への備え。

 整理された展示だった。

 整っている。

 それが少し、気になった。


 夕方。

 凪は監査確認のため重力炉管理局へ向かった。

 倫理監査部。

 黒崎玲が資料を確認する。

 静かな時間が流れる。


 玲の視線が一か所で止まった。

「証言記録は」

 凪は答える。

「展示候補から外しました」

「なぜですか」

「主題から外れるためです」

 玲は数秒考えた。

「その記録を見せてください」


 凪は原記録を開いた。

 玲は最後まで読む。

 閉じる。

 そして言った。

「私は残した方がいいと思います」


 凪は少し驚いた。

「制度展示です」

「そうですね」

「個別事例です」

「そうですね」


 玲は画面を見る。

「この人は、自分が正しかったと言っていません」

 凪も記録を見る。

 確かにそうだった。

「迷っています」

 玲は言う。

「はい」

「だから残る価値があります」


 凪は黙る。

「事故は制度だけで起きたわけではありません」

 玲は続けた。

「現場もありました。判断もありました。迷いもありました」

 玲は画面を閉じる。

「正解だけが残ると、事故そのものが変わります」


 翌日。

 生活基盤区。

 表示設備点検の立会いだった。

 澪がいた。

「難しい顔してる」

 開口一番だった。


 凪は証言記録の話をした。

 澪は黙って聞く。

「それで外したの?」

「はい」

「今は?」

「分かりません」

 澪は少し考えた。

「本人に聞けばいいのに」

 凪は顔を上げた。

「本人にですか」

「うん」

 澪は当然のように言う。

「記録しか見てないんでしょ」

 凪は返せなかった。

 その通りだった。


 数日後。

 凪は聞き取り申請を出した。

 許可は下りた。


 面談室。

 相手は五十代の男性だった。

 普通の保守員に見える。

「この記録について聞かせてください」

 凪は言った。

 男性は少し困ったように笑った。

「大した話じゃありませんよ」

「数人を避難させています」

「結果としてです」

「後悔していますか」

 男性は長く考えた。

「分かりません」

 記録と同じ答えだった。


「展示に使うんですか」

「まだ決まっていません」

 男性は窓の外を見る。

「もし使うなら」

 一度、言葉を止めた。

「みんな最初から答えが分かっていたみたいには、しないでください」

 凪は黙った。

「そんな日じゃなかったので」

 部屋が静かになる。


 帰り道。

 凪はその言葉を考えていた。


 広報中枢塔へ戻る。

 表示候補一覧を開く。

 証言記録。

 公開候補外。
 保存済み。

 削除ではない。

 だが、このままでは誰にも触れられない場所に置かれたままだ。

 凪は分類を変更した。

 公開展示補助資料。

 登録。

 全文は出さない。

 主題も変えない。

 だが消さない。


 窓の向こうでは、アークドームが夜の光を受けている。

 整った街だった。

 だが、整わなかった日の記録も残さなければならない。