広報中枢塔へ来て二週間が過ぎていた。
凪は追悼展示用の公開記録整理を担当していた。
第七区画事故追悼日。
中央公開区域に設置される小規模展示。
事故。
復旧。
再編。
制度改訂。
現在。
それらを限られた表示枠へ収める作業だった。
表示候補一覧を確認する。
公開記録。
監査承認済み資料。
教育用途資料。
判断履歴。
証言記録。
分類は細かい。
凪は証言記録を開いた。
事故後の復旧作業従事者への聞き取りだった。
設備担当。
保守担当。
誘導担当。
様々な職員の記録が並ぶ。
一つの証言で手が止まった。
外縁設備保守員。
匿名化済み。
記録にはこう残っていた。
あの日、自分は指示を待たずに通路へ入った。
規定違反だった。
結果として数人を外へ出せた。
正しかったかは今でも分からない。
短い。
だが、妙に残った。
午後。
公開候補確認。
瀬尾が一覧を見ていた。
「この証言は外します」
凪は画面を見る。
「理由は」
「展示主題から外れるためです」
瀬尾は答える。
「今回は制度改訂の展示です」
「はい」
「個別判断を中心にすると主題が変わります」
凪は頷いた。
理由は理解できる。
事故後の制度。
監査。
復旧。
それが展示の主軸だ。
個人の判断を中心にする場所ではない。
「保存はされます」
瀬尾が言う。
「削除ではありません」
「分かっています」
凪は証言を公開候補から外した。
作業は順調だった。
展示構成もまとまる。
事故。
復旧。
制度改善。
再編区。
未来への備え。
整理された展示だった。
整っている。
それが少し、気になった。
夕方。
凪は監査確認のため重力炉管理局へ向かった。
倫理監査部。
黒崎玲が資料を確認する。
静かな時間が流れる。
玲の視線が一か所で止まった。
「証言記録は」
凪は答える。
「展示候補から外しました」
「なぜですか」
「主題から外れるためです」
玲は数秒考えた。
「その記録を見せてください」
凪は原記録を開いた。
玲は最後まで読む。
閉じる。
そして言った。
「私は残した方がいいと思います」
凪は少し驚いた。
「制度展示です」
「そうですね」
「個別事例です」
「そうですね」
玲は画面を見る。
「この人は、自分が正しかったと言っていません」
凪も記録を見る。
確かにそうだった。
「迷っています」
玲は言う。
「はい」
「だから残る価値があります」
凪は黙る。
「事故は制度だけで起きたわけではありません」
玲は続けた。
「現場もありました。判断もありました。迷いもありました」
玲は画面を閉じる。
「正解だけが残ると、事故そのものが変わります」
翌日。
生活基盤区。
表示設備点検の立会いだった。
澪がいた。
「難しい顔してる」
開口一番だった。
凪は証言記録の話をした。
澪は黙って聞く。
「それで外したの?」
「はい」
「今は?」
「分かりません」
澪は少し考えた。
「本人に聞けばいいのに」
凪は顔を上げた。
「本人にですか」
「うん」
澪は当然のように言う。
「記録しか見てないんでしょ」
凪は返せなかった。
その通りだった。
数日後。
凪は聞き取り申請を出した。
許可は下りた。
面談室。
相手は五十代の男性だった。
普通の保守員に見える。
「この記録について聞かせてください」
凪は言った。
男性は少し困ったように笑った。
「大した話じゃありませんよ」
「数人を避難させています」
「結果としてです」
「後悔していますか」
男性は長く考えた。
「分かりません」
記録と同じ答えだった。
「展示に使うんですか」
「まだ決まっていません」
男性は窓の外を見る。
「もし使うなら」
一度、言葉を止めた。
「みんな最初から答えが分かっていたみたいには、しないでください」
凪は黙った。
「そんな日じゃなかったので」
部屋が静かになる。
帰り道。
凪はその言葉を考えていた。
広報中枢塔へ戻る。
表示候補一覧を開く。
証言記録。
公開候補外。
保存済み。
削除ではない。
だが、このままでは誰にも触れられない場所に置かれたままだ。
凪は分類を変更した。
公開展示補助資料。
登録。
全文は出さない。
主題も変えない。
だが消さない。
窓の向こうでは、アークドームが夜の光を受けている。
整った街だった。
だが、整わなかった日の記録も残さなければならない。
