三か月の出向期間が終わった。
広報中枢塔の貸与権限が、順番に解除されていく。
公開記録管理。
市民向け通知編集。
映像構成履歴。
未使用素材管理。
判断過程登録。
画面上の権限一覧から、一つずつ公開情報局の項目が消えていく。
凪はそれを静かに見ていた。
寂しさとは少し違う。
だが、何も感じないわけでもなかった。
「赤嶺さん」
瀬尾が声をかけた。
「はい」
「最後の確認です。公開情報局側の判断履歴は、監査保存に移しました」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
瀬尾は少しだけ間を置く。
「戻っても、通知文の相談は投げるかもしれません」
「解析室へですか」
「はい。異常を先に読む人に見てもらった方がいい時があります」
凪は頷いた。
「分かりました」
瀬尾はそれ以上、感傷的なことは言わなかった。
その方が、公開情報局らしかった。
広報中枢塔を出る。
外は薄く曇っていた。
アークドームの外殻が、雲の下で青白く光っている。
巨大で、美しい。
だが軽くない。
三か月前に見た時より、その重さが少し分かるようになっていた。
連絡通路の途中で、玲とすれ違った。
玲は足を止めた。
「今日で戻るんですね」
「はい」
「判断履歴、確認しました」
「ありがとうございます」
「迷った場所まで残っていました」
玲は短く言った。
「それでいいと思います」
凪は軽く頭を下げた。
「次も、残せるようにします」
玲は頷く。
それだけだった。
けれど、その短さで十分だった。
下層連絡路へ降りる途中、澪が表示盤の前にいた。
作業端末を片手に、係員と何かを確認している。
凪に気づくと、軽く手を上げた。
「戻る日?」
「はい」
「そっか」
澪は表示盤を見上げる。
「こっちは今日も少し遅れてる。大きい遅れじゃないけど」
「確認します」
「うん。戻ったら、そっちから見て」
凪は頷く。
「見ます」
澪は少しだけ笑った。
「じゃあ、ちゃんと戻って」
凪はその言葉を受け取った。
「はい。戻ります」
中央公開区域の端で、危険区画対策室の臨時表示が出ていた。
立入制限。
導線変更。
短時間の設備確認。
そこに仁がいた。
現場職員へ短く指示を出している。
凪が通り過ぎようとすると、仁が視線だけを向けた。
「赤嶺」
「はい」
「公開情報局は終わりか」
「今日で出向終了です」
「そうか」
仁は端末を閉じた。
「記録は残したな」
「登録済みです」
「ならいい」
それだけだった。
仁はすぐ現場へ戻る。
凪も足を止めなかった。
都市観測解析室へ戻る。
壁面には、アークシティ全域の人流分布が流れている。
居住基盤区。
商業区。
中央公開区域。
下層連絡路。
エアロシャトル網。
見慣れた画面だった。
ただ、以前と同じには見えなかった。
数字の向こうに、案内文がある。
案内文の向こうに、現場がある。
現場の向こうに、帰る人がいる。
もう、中央公開区域だけを見て街だとは思わなかった。
外縁搬入区も、下層連絡路も、表示が遅れる通路も、同じ街だった。
「おかえり」
上司が言った。
「戻りました」
「どうだった」
凪は少し考えた。
公開情報局で見たもの。
出した情報。
出さなかった情報。
残した判断。
迷った記録。
それらを一言にはできなかった。
「見えるものは、増えました」
凪は壁面の人流分布を見た。
「でも、それより、見えないものを疑うようになりました」
上司は頷いた。
「それでいい」
凪は自分の作業卓に座った。
個人端末を接続する。
都市観測解析室の権限が再び主画面に戻る。
人流解析。
異常兆候。
表示遅延。
導線偏差。
凪は下層連絡路の小さな遅延を開いた。
澪が言っていた場所だった。
数値は軽微。
事故ではない。
けれど、人が迷うには十分なことがある。
凪は連携欄を開く。
生活基盤部。
公開情報局。
両方に確認通知を送る。
文面は短かった。
下層連絡路、表示遅延を観測。現場確認と市民向け案内準備を推奨。原因は未確定。
送信。
窓の外で、エアロシャトルが静かに流れていく。
街は続いている。
誰かが見ている。
誰かが伝える。
誰かが止める。
誰かが戻す。
誰かが残す。
凪は画面の小さな揺れを見つめた。
戻ってきた。
けれど、同じ場所には戻っていない。
