広報中枢塔での業務が始まって三日目。
凪は異常時情報伝達班の作業卓に座っていた。
目の前には、複数の記録画面が開いている。
過去の案内通知。
市民反応。
人流変化。
判断履歴。
公開情報局は、思っていた以上に解析室に近かった。
違うのは、見る対象だ。
解析室は異常の兆候を見る。
公開情報局は、その後に人へ渡す情報を見る。
「赤嶺さん」
公開情報管理官の瀬尾が声をかけた。
「今日は過去案件の再評価です」
「はい」
「居住基盤区の案内遅延案件から見ます」
凪は記録を開く。
数か月前。
居住基盤区の連絡通路で、案内表示に遅れが発生した。
大事故ではない。
負傷者もいない。
だが、帰宅時間帯だったため人流が滞った。
当時検討された案内文が表示される。
第一案。
現在、案内表示に遅れが発生しています。復旧までお待ちください。
第二案。
案内表示に遅れが発生しています。係員の誘導に従ってください。
第三案。
案内表示に遅れが発生しています。危険は確認されていません。帰れる経路を順に案内します。
「実際に使われたのは第二案です」
瀬尾が言う。
凪は三つを見比べる。
第三案が最も安心できる。
だが、断定も含んでいる。
「第三案を使わなかった理由は」
「安全確認が完了していなかったためです」
瀬尾は短く答えた。
「危険が確認されていないことと、安全が確認されたことは違います」
凪は頷いた。
解析室でも似た話はある。
異常が見つからないことと、異常がないことは同じではない。
「赤嶺さんならどうしますか」
瀬尾が聞いた。
凪は少し考えた。
第三案は言いすぎている。
第一案は情報が足りない。
第二案は正確だ。
だが、少し遠い。
「第二案を基準にします」
「理由は」
「確認できていないことを書かないためです」
瀬尾は頷いた。
「一文だけ追加できるなら」
凪は入力した。
係員が順次ご案内します。
瀬尾は画面を見る。
「悪くありません」
午後。
凪は過去案件の映像記録を確認していた。
未使用素材。
公開素材。
内部検証用素材。
分類は細かい。
その中に、一つの映像があった。
案内表示の前で立ち止まる女性。
端末を見る。
表示を見る。
また端末を見る。
迷っている。
事故ではない。
ただ、帰り方が分からない。
「それは公開では使われませんでした」
瀬尾が言う。
「理由は」
「状況は伝わります」
瀬尾は映像を見る。
「ですが、帰れる情報はありません」
凪も映像を見る。
確かにそうだった。
女性は迷っている。
だが、その映像を見ても帰り方は分からない。
「出さない判断ですね」
凪が言う。
「そうです」
瀬尾は答えた。
「ただし、削除ではありません」
画面には分類欄がある。
公開不採用。
内部検証用。
判断理由保存済み。
凪はその表示をしばらく見ていた。
画面から消えたわけではない。
それでも、そこに映っていた女性は少し遠くなった気がした。
夕方。
追悼日に関する案内文の確認会議が開かれた。
今回は火守仁はいない。
危険区画対策室からは別担当が参加していた。
倫理監査部からは黒崎玲が出席している。
案内文が表示される。
第七区画追悼日に伴い、一部通路の通行を制限します。案内表示に従ってください。
玲が口を開いた。
「理由を追加してください」
会議室が静かになる。
「理由ですか」
「はい」
玲は答える。
「制限することだけが書かれています」
担当者が確認する。
「事実です」
玲は頷いた。
「ですが、それだけでは足りません」
担当者は黙った。
「遺族動線と市民動線を分けるため」
「追悼区域を維持するため」
「それが理由です」
凪は端末へ記録する。
「理由が見えない制限は、人を遠ざけるだけです」
玲の声は静かだった。
会議後。
案内文は修正された。
遺族動線と市民公開動線を分けるため、一部通路の通行を制限します。案内表示に従ってください。
長くなった。
だが、少しだけ伝わりやすくなった。
帰り道。
広報中枢塔を出ると、生活基盤区から上がってきた澪と会った。
作業帰りらしい。
「どう?」
澪が聞く。
「少し分かってきました」
「何が?」
凪は考える。
「出さない理由です」
澪は少しだけ眉を上げた。
「なるほど」
「必要な時もあると思います」
「あるね」
澪は頷く。
「でも?」
凪は少し迷った。
「まだ全部は納得できていません」
澪は小さく笑った。
「それでいいんじゃない」
凪は夜のアークドームを見る。
出さない情報がある。
出せない映像がある。
それでも、それが消えるわけではない。
端末には、さっき見た分類欄の文字がまだ残っている気がした。
公開不採用。
内部検証用。
判断理由保存済み。
特に最後の一行だけが、いつまでも頭から離れなかった。
