第七区画追悼日の展示を終えてから、さらに数週間が過ぎていた。
中央公開区域では、その日、市民向けの都市生活公開プログラムが開かれていた。
交通案内。
医療支援。
防災設備。
居住基盤サービス。
異常発生時の避難導線。
公開情報局を中心に、都市運営局内の運行調整担当と生活基盤部、催事保安担当、重力炉管理局・倫理監査部が連携していた。
広場正面の大型表示壁では、導入映像が繰り返し流れている。
帰れる都市
凪は表示管制卓の前で、人の流れを見ていた。
監視値には、大きな異常はない。
それでも、広場南側から下層連絡路へ向かう人の流れが、わずかに遅れていた。
数人が表示を見上げる。
進む者。
足を止める者。
一度下層側へ向かい、途中で引き返す者。
凪は人流履歴を戻した。
遅れが始まったのは、周辺案内が催事時間帯の経路へ切り替わった直後だった。
「南側の流れに遅れがあります」
凪は瀬尾へ表示を示した。
「混雑判定は出ていません」
「はい。ただ、引き返す人が増えています」
「案内表示の状態は」
「中央管制上は正常です」
「現地確認を取ります」
◇
現地確認には、澪が入った。
『中央側の表示は新しい案内に切り替わっています。でも、下層入口の一枚だけ、前の経路表示が残っています』
案内板の矢印は、一時閉鎖されている通路を示していた。
人々は表示に従って進み、係員から止められ、別経路を示されている。
『まだ止まってはいない』
澪が言った。
『でも、止まり方が悪い』
「どういう意味ですか」
『人が、理由を分からないまま戻ってる』
『表示は進めと言ってる。係員は戻れと言ってる。どっちを信じればいいか、その場で決めさせられてる』
凪は人流図を見た。
「案内を出します」
最初の文案。
南側下層連絡路の案内表示に不具合が発生しています。係員の誘導に従ってください。
「利用できる経路が書かれていません」
瀬尾が言った。
凪は文案を直した。
南側下層連絡路では、案内表示と現地誘導が一致していません。
現在、係員が通行可能な経路をご案内しています。
表示が更新されるまで、南側入口の係員による案内をご確認ください。
「原因は書かない」
「確認できていません」
「復旧時刻も書かない」
「まだ出せません」
瀬尾は運行調整担当へ文案を送った。
◇
承認を待つ間、公開待機欄へ南側入口の現地映像が入った。
人の顔。
係員へ何かを尋ねる男性。
子どもの手を引いて戻る女性。
大型表示壁には、まだ送られていない。
「止めてください」
玲が言った。
「状況は分かりやすいと思います」
担当者が言う。
「状況を知らせることと、そこにいる人の顔を見せることは同じではありません」
「識別処理を入れれば」
「今は、その処理を待つ時間ではありません」
「市民案内は、文字と経路図だけにしてください」
南側入口の混乱を知らせること。
そこにいた人の顔を見せること。
二つは同じではなかった。
◇
暫定案内が送出される。
人流図に変化が出た。
南側入口へ向かう速度が落ちる。
だが、すでに入口へ入っていた人々は、逆方向へ戻り続けていた。
都市運営局の当直責任者が、生活基盤部からの現地報告を確認する。
「南側下層への新規流入を一時的に抑えます」
凪は第二段階の案内文を作った。
南側下層連絡路への流入を一時的に停止しています。
中央昇降路をご利用ください。
すでに南側入口付近にいる方は、現地係員の案内に従ってください。
経路を絞る判断をしたのは、運行調整担当と当直責任者だった。
凪の役割は、その判断を人が使える言葉にすることだった。
◇
下層入口の逆流は、すぐには解消しなかった。
現地係員から、転倒の可能性が報告される。
共同対応欄に、新しい認証が入った。
危険区画対策室。
確認者――火守仁。
『現時点では危険区画には指定しない』
『ただし、南側接続部の逆流を放置すれば、転倒連鎖が起きる』
「案内は中央昇降路へ切り替えています」
『そのまま維持しろ』
「導入映像への復帰は」
『人流が安定するまで、案内以外を戻す必要はない』
『現地映像も出すな』
仁は現地報告を確認した。
『切替点を残せ』
『最初の表示遅延を観測した時刻』
『現地確認を待った時間』
『暫定案内を出した時刻』
『流入を止めた時刻』
『最終的に事故が起きなかったとしても、途中の判断は消すな』
『何も起きなかったという結果だけを残せば、次も同じ時間を迷う』
◇
澪から、原因の報告が入った。
『南側入口は、旧系統に接続された局所表示です』
『中央側へ表示結果を返す機能がないので、送信が終わった時点で更新済みとして扱われていました』
中央管制では更新済み。
現地では古い表示を保持。
中央側の記録だけでは、不一致を検出できない構成だった。
『予備系統へ切り替えます。現地表示は一度落として、再認証します』
「時間は」
『今は断定できません』
凪は案内を追加した。
南側入口の案内表示は、確認作業のため一時停止しています。
画面ではなく、現地係員の案内をご確認ください。
「原因は出しますか」
瀬尾が聞く。
「現時点の案内には不要です」
「旧系統の応答遅延と伝えても、今の行動は変わりません」
「原因は復旧報告へ残します」
◇
三十分に満たないうちに、南側入口の表示は予備系統へ切り替わった。
澪が現地で表示内容を確認する。
『中央と一致しました』
流入抑制が段階的に解除される。
戻る人と進む人が分かれる。
歩く速度が揃う。
誘導終了時、広場に取り残された人はいなかった。
けが人も報告されていない。
帰れない人は出なかった。
◇
催事終了後。
結果だけをまとめれば、短く書ける。
案内表示の不具合が発生。代替誘導を実施し、人的被害なく復旧。
事実だった。
だが、それだけでは、何が起きかけていたのかが残らない。
凪は判断履歴を開いた。
最初の遅れを観測したこと。
原因が分からず、案内を待ったこと。
確認済みの情報だけを出したこと。
映像ではなく、文字と経路図を選んだこと。
流入を止めたこと。
遠回りになる経路を一つに絞ったこと。
凪は最後の記録を入力した。
人的被害なし。
ただし、案内の不一致により、市民が現地で進行判断を迫られた。
中央管制上の送信完了だけでなく、現地表示への反映確認を表示切替監査へ追加するよう提案する。
凪は記録を瀬尾の承認欄へ送った。
瀬尾は改善提案として認証した。
結果だけではなく、そこへ至る途中が残った。
