地下は静かだった。
静かすぎて、ここでは人の痛みまで記録に変わってしまいそうだった。
重力炉管理ホールの前で、二人を待っていた男がいる。
火守仁。
基幹評議会管轄、危険区画対策室の上級執行調整官。
背筋はまっすぐで、動きに無駄がない。
そこに立っているだけで、これ以上は進ませない、と言っているようだった。
「監査官」
低い声が、玲に向けられる。
敬意でもあり、距離でもある呼び方だった。
玲は立ち止まらない。
「異常ログの確認に来た」
仁は短くうなずき、扉を開いた。
巨大なスクリーンに、都市の状態が映る。
整然と走る光の網。
正常と表示されるはずの画面に、わずかな乱れが混じっていた。
澪が眉を寄せる。
「これ、故障じゃない。……調整の痕だ」
「都市は学習する」
仁が言う。
玲はスクリーンを見たまま問う。
「何のために」
仁はすぐには答えなかった。
その沈黙の奥に、まだ言葉にしきれない過去がある。
「第七区画だ」
ようやく、彼は言った。
アークシティ北側。
再編が続きながらも、いまなお光の薄い区域。
都市の中で、夜がもっとも深く残る場所。
「事故があった」
仁は続ける。
「都市が止まりかけた」
澪が小さく息をのむ。
「……何が起きたの」
仁はスクリーンを切り替え、過去ログを映した。
そこに残っているのは、結果だけだった。
崩れた構造物。
遅れた救助。
閉じられた通路。
戻れなかった人の名前。
記録は残っていても、失われた時間までは戻らない。
「私はそこにいた」
仁は言った。
玲は黙って聞く。
彼の声には、説明が少ない。
まだ、説明の形にできない痛みが残っているからだ。
「家族を失った」
そう言って、仁はわずかに息を吐いた。
澪の表情が変わる。
玲は動かない。
ただ、視線だけがほんの少し沈んだ。
「だから私は削る」
仁は言う。
玲が初めて、彼を見る。
「何を」
「危険を」
仁は答える。
「戻れなくなる前に、止める」
澪が低く言った。
「止めすぎたら、人が残らない」
「止めなければ、次の事故になる」
仁の声は揺れない。
玲はスクリーンへ視線を戻した。
都市の光の網。
整いすぎた仕組み。
その奥に残る、第七区画の傷。
事故は終わっていない。
都市は傷を残したまま、さらに硬くなった。
それでも、人はそこに立つ。
削るために。
拾うために。
背負うために。
