都市観測解析室へ、広報用画像の確認依頼が届いた。
添付されていたのは、定期観測で撮影されたアークドームの広域画像だった。
アークドームを外から撮った画像は、以前から何枚もある。
今回の画像はいつもより遠い位置から撮影され、ドームだけでなく、その周囲に広がる土地まで一枚に収まっていた。
都市広報は、市民向け年次報告を開いたとき、最初に表示する画像として使う予定だという。
画像に添える題名は、「一枚で見る、現在のアークシティ」。
赤嶺凪に求められたのは、公開の許可ではなかった。
その題名と説明が、画像から確認できる事実に合っているか。広報が公開を決める前の事実確認だった。
凪は画像を拡大した。
撮影時刻は夜明け前。
アークドームの中央部には灯りが集まり、外縁部の半分は影に沈んでいる。地下にある設備も、ドーム内部の建物も見えない。
この画像から確認できるのは、撮影時点のドーム外観だけだった。
人がどこで働いているか。
どの設備が動いているか。
暗い場所で、どのような暮らしが続いているか。
それらは一つも確認できない。
凪は確認欄の「注記が必要」を選んだ。
理由を入力する。
「現在のアークシティ全体を示す画像とは確認できません。確認できるのは、撮影時刻におけるアークドームの外観です」
すぐに広報担当者から通信が入った。
「ドームは全部写っています」
「はい」
「それでも、アークシティ全体ではないんですか」
「都市は、ドームの形だけではありません」
担当者は、年次報告の最初の画面に合わせて加工した画像を送ってきた。
周囲の暗い土地を切り取り、光るドームだけを大きくしたものだった。外縁部の影も薄く調整され、街全体が均等に輝いているように見える。
「この方が、今のアークシティを分かりやすく伝えられます」
凪は加工前と加工後を並べた。
加工した画像の方が見やすい。
だが、見やすくなったのはドームの輪郭だけだった。
画像から分からない場所が減ったわけではない。暗い部分を消したことで、そこに何もないように見える。
凪の指が、確認結果を修正する欄で止まった。
広報が求めているのは、公開してよいかどうかの判断ではない。
この画像を「現在のアークシティ全体」と説明してよいか。その確認だった。
凪は結果を変えなかった。
「加工後も、都市全体とは確認できません」
「では、公開には反対ですか」
「公開を決めるのは広報です」
凪は一度、画面から手を離した。
「私は、何が確認できるかを答えています」
代わりに、画像へ付けられる説明案を提出した。
題名は、「外部から見たアークドーム」。
確認できるのは、撮影時刻とドーム外部の形。
確認できないのは、内部、地下、影になった場所の状態。
そこまで記録し、判断を広報へ返した。
その日の午後、市民向け年次報告が公開された。
最初の画面には、アークドームの広域画像が表示されていた。
公開を決めたのは広報だった。
ただし、題名から「現在のアークシティ全体」という表現は外されていた。画像も暗い部分を残した形へ戻され、凪が示した確認範囲が添えられていた。
市民からは、自分たちの住む都市を遠くから見ると、こんなに小さいのかという反応が届いた。
一方で、外縁部が暗いのは電力が不足しているからではないか、という問い合わせもあった。
凪には、その画像だけで答えることはできなかった。
撮影時刻の影なのか、灯りが少ないのか、設備の状態に差があるのか。
どれも、この一枚からは確定できない。
凪は「問題なし」とも「電力不足」とも記録しなかった。
不明。
その二文字を残した。
画像は、アークシティの外側の形を一枚に収めていた。
だが、その中で暮らす人々まで一枚に収めたわけではない。
遠くから見れば、街は一つの輪郭になる。
それでも、輪郭が見えたことと、街のすべてが見えたことは同じではなかった。
掲載メモ
1966年8月23日、NASAの月探査機ルナ・オービター1号が、月の近くから見た地球を初めて撮影しました。
本来の任務は、将来の月着陸候補地を詳しく撮影することでした。地球を捉えた一枚は、当初の主要な撮影計画にはなかった画像です。
この短編では宇宙開発を再演せず、「遠くから全体を見ることで得られるものと、一枚の画像では見えなくなるものは何か」という問いだけを受け取っています。
参照・確認した情報
NASAによると、ルナ・オービター1号は1966年8月10日に打ち上げられ、8月14日に月周回軌道へ入りました。主目的は、アポロ計画の着陸候補地などを撮影することでした。
8月23日に撮影された計画外の一枚が、月付近から見た地球の最初の写真となりました。NASAは、当時得られなかった完全な解像度の画像が、2008年に保存データから復元されたと説明しています。
