都市観測解析室では、夜間分の記録が朝の画面へ順番に送られていた。
交通量。
気象変動。
生活基盤の負荷。
いつもの項目が、確定、推定、不明の表示に分けられていく。
赤嶺凪は一つずつ確認していた。
その中に、一行だけ色の違う記録があった。
深夜の短い時間。
複数の観測値の間に、普段とは異なる揺れが出ている。
大きくはない。
都市機能への影響も確認されていない。
前後の記録は正常だった。
再確認しても、同じ揺れは出てこない。
凪は表示を開いた。
発生源――不明。
再現――なし。
関連事象――確認できず。
原因候補――複数。
そこまで読んだところで、隣の席から声がした。
「それ、通常処理へ戻しますか」
凪は画面から目を離さなかった。
「通常ではありません」
「でも、再現していません」
「はい」
「影響もない」
「確認できていません」
返事をしたあと、凪の指が分類欄の上で止まった。
候補は二つあった。
観測異常として残す。
観測ノイズとして閉じる。
前者を選べば、理由の分からない記録が解析対象として残り続ける。
後者なら処理は終わる。
毎日流れ込む観測記録の量を考えれば、再現しない小さな揺れをすべて残すことはできない。
「ノイズでいいと思います」
隣の解析員が言った。
「今夜また出たら、その時に拾えます」
凪は眼鏡の位置を直した。
それは合理的だった。
同じものが再び現れれば、比較できる。
現れなければ、一度きりの測定誤差だった可能性は高くなる。
ただ、一つだけ順序が逆だった。
「ノイズだとは、まだ分かっていません」
「異常だとも分かっていないでしょう」
「はい」
凪はそこで初めて相手を見る。
「だから、どちらにも確定しません」
分類欄を開く。
確定色には変えない。
警報にも上げない。
通常記録からも削除しない。
未確定・再現なし。
凪はそう残した。
「それだと、未処理が一件残ります」
「残ります」
「いつ閉じますか」
凪は時刻を指定しなかった。
代わりに条件を書いた。
同種の観測が現れた場合は比較対象とする。
別要因による説明が確認できた場合は分類を更新する。
一定期間、関連する記録が得られなくても、元データそのものは削除しない。
「答えが出ないかもしれませんよ」
解析員が言った。
「はい」
凪は短く答えた。
答えが出ないことと、何もなかったことは同じではない。
そう思ったが、口にはしなかった。
解析は、分からないものへ名前を付ける仕事ではない。
分かっている場所と、分かっていない場所の境界を残す仕事でもある。
凪は次の記録へ進んだ。
朝の都市はすでに動き始めていた。
エアロシャトルの運行量が増え、生活基盤区の負荷表示が夜間値から切り替わる。
画面の大部分は、いつもの色へ戻っていった。
その端にだけ、一行の灰色が残った。
警報ではない。
答えでもない。
消されなかった記録だった。
掲載メモ
1977年8月15日、米オハイオ州立大学のBig Ear電波望遠鏡が、後に「Wow! signal」と呼ばれる強い狭帯域の電波信号を観測しました。その後の再観測では同じ信号は確認されず、現在も起源について研究と議論が続いています。
この掌編は宇宙からの信号そのものをアークシティへ置き換えたものではありません。「一度しか観測できなかったものを、分からないという理由だけで存在しなかったことにしてよいのか」という問いだけを受け取っています。
参照・確認した情報
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SETI Institute — “The Wow Signal”
1977年8月15日にOhio State Radio Observatoryで強い狭帯域信号が検出されたことを確認。 -
Ohio State University Radio Observatory / Big Ear — “Wow! Signal – 30th Anniversary Report”
信号が1977年8月15日にBig Earへ入った記録と、その後の検討を確認。 -
Breakthrough Listen / UC Berkeley SETI — “Breakthrough Listen Search for the WOW! Signal”
1977年8月15日の観測と、その後同じ信号が再検出されていないことを確認。
