今回扱う出来事の一言紹介
1925年の普通選挙法成立は、納税額による制限を撤廃して衆議院議員選挙の有権者を大幅に広げる一方、女性や一部の生活困窮者をなお外に残した歴史の分かれ道です。
起きた時代は大正14年、1925年。
この出来事は、単なる選挙制度の改正ではありません。
そこには、
人の選択
政党政治の拡大
社会運動への警戒
制度に残った排除
初めて一票を持った人々
なお投票できなかった人々
がありました。
今回は、玲・澪・仁・凪の四人で、1925年普通選挙法の成立を読みます。
導入
静かな資料室。机には、大正14年法律第47号「衆議院議員選挙法改正法律」の御署名原本の画像が置かれている。
澪
「普通選挙法という名前なら、すべての大人が投票できるようになった法律だと思ってしまいます」
凪
「まず整理します。1925年に成立したのは、衆議院議員選挙法の改正です。納税資格は撤廃されましたが、選挙権は満25歳以上の男子に限られていました」
玲
「開いた門の外にも、人は残りました」
仁
「見るべきなのは、前進だったか失敗だったかの二択ではない。誰を有権者とし、誰を除いた制度だったかだ」
基本情報
凪
年代:1925年成立・5月5日公布、最初の総選挙は1928年2月20日
場所:日本、帝国議会と枢密院を中心とする制度改正
主な人物:加藤高明内閣、帝国議会議員、普選運動・婦人参政権運動の参加者
時代:大正デモクラシー、政党政治、社会運動が広がった時期
何が変わったのか:衆議院議員選挙で納税資格が撤廃され、満25歳以上の男子に選挙権が認められた
国立公文書館によれば、改正法は貴衆両院での修正を経て1925年5月5日に公布されました。国立公文書館「普通選挙法が制定される」
澪
「人物だけでなく、誰が投票できなかったかも見るんですね」
凪
「制度の名称だけでは、境界線が見えないからです」
仁
「現代の価値観だけで裁くな。ただし、当時すでに女性参政権や、より広い普通選挙を求める声が存在したことも消すな」
玲
「人は、その時代の中で選び、拒まれています」
歴史の流れ
① なぜ起きたのか
明治期の衆議院議員選挙では、一定額以上の直接国税を納めた男子に選挙権が限られていました。納税要件は段階的に緩和されましたが、財産と政治参加を結び付ける制度は残りました。
第一次世界大戦後、都市労働者の増加、教育の普及、新聞などのメディアの発達、政党政治の進展を背景に、選挙権拡張を求める運動が広がります。1924年には第二次護憲運動を経て護憲三派内閣が成立し、加藤高明内閣が選挙法改正案を提出しました。
ただし、「世論が一つになって実現した」と単純化はできません。政党には支持基盤を広げる思惑があり、官僚や枢密院には急激な社会変化への警戒がありました。普選運動の内部でも、男子選挙権を先に実現する考えと、女性を含む参政権を求める考えは一致していませんでした。
② 何が起きたのか
政府案は枢密院と帝国議会で審議されました。争点は、年齢、居住、生活状態など、誰を有権者と認めるかです。
納税要件は撤廃されましたが、選挙権は「帝国臣民たる男子」で満25歳以上とされました。さらに「公私の救恤を受くる者」や一定の住居を持たない者などを欠格とする規定が加えられました。生活が困難で支援を受ける人を、政治的判断から除外する考えが制度に残ったのです。アジア歴史資料センター「有権者とは何か」
女性は対象外でした。女性が同じ条件で選挙権と被選挙権を得るのは、1945年の選挙法改正まで待たなければなりません。国立公文書館「婦人参政権が認められる」
③ どう決着したのか
改正法は1925年3月に帝国議会で成立し、5月5日に公布されました。しかし、すぐ総選挙が行われたわけではありません。
最初の男子普通選挙による衆議院議員総選挙は、約3年後の1928年2月20日に実施されました。アジア歴史資料センター「男子普通選挙の実施」
この間、政党は新しい有権者へ訴える組織を整え、普通選挙を解説する出版物も広まりました。一票を持つ人が増えたことで、街頭演説、新聞、組織活動の意味も変わります。
④ その後どう変わったのか
有権者の拡大は、労働者や小農、都市の中間層を選挙政治へ参加させました。一方、選挙運動には供託金や運動規制があり、資金や組織を持たない候補が平等に競争できたわけではありません。
また、1925年4月22日には治安維持法が公布されました。普通選挙法の公布は5月5日です。選挙権拡大と思想・社会運動への統制が近い時期に進んだことは重要ですが、「二つの法律が単純な交換条件だった」と史料を超えて断定するべきではありません。政治参加の拡大に対する警戒が治安政策の背景の一つにあったことは、公的資料でも確認できます。アジア歴史資料センター「治安維持法」
澪
「参加できる人を増やしながら、別の場所では活動を警戒していたんですね」
凪
「拡大と統制が同時に存在しました。どちらか一方だけで1925年を説明すると、構造を見失います」
玲
「門を開く手と、閉じる手が、同じ時代にありました」
仁
「制度は理念だけで評価できない。運用と、使われた権力を見る必要がある」
勝者だけを見ると何が抜けるのか
普通選挙法の成立を、政党政治や普選運動の勝利としてだけ描くと、制度の外に残った人が見えなくなります。
女性。
25歳未満の男性。
公私の救恤を受ける人。
一定の住居を持たない人。
植民地支配下で、本土と同じ政治参加を保障されなかった人々。
そして、初めて選挙権を得ても、仕事、家計、地域の圧力、情報へのアクセスによって、自由に政治参加できない人もいました。
澪
「一票を持ったことと、それを安心して使えることは同じではないんですね」
玲
「制度の外だけでなく、制度の中にも沈黙は残ります」
仁
「参加資格、投票の安全、立候補できる条件。三つは分けて見ろ」
凪
「歴史は、法律の条文だけでなく、その条文が誰にどう適用されたかを見る必要があります」
少し深く見る
普通選挙法が変えたのは、有権者の人数だけではありません。
政党は、限られた納税者だけでなく、多数の生活者へ政策を説明しなければならなくなりました。選挙運動は大規模化し、新聞、演説会、地域組織の役割が増しました。
しかし「普通」という名称は、当時の制度が完全な普遍性を持っていたことを意味しません。ここには、政治的に自立した主体を成人男性の世帯主や納税能力と結び付けて考えてきた制度の残り方が見えます。
澪
「暮らしを支えていても、女性は政治を判断する人として扱われなかった」
凪
「一方、当時すでに女性の政治集会参加や参政権を求める運動がありました。後世の価値観を持ち込むだけでなく、同時代の異論として確認できます」
仁
「段階的改革には、実現可能性がある。だが『次に進む』という約束が自動的に守られるわけではない」
玲
「待たされた時間も、制度の結果です」
当時、別の選択はあり得たのか
史料から確認できる範囲では、選択肢は一つではありませんでした。
納税要件をさらに引き下げるだけの段階的拡張。
成人男子に対象を広げる政府案。
女性を含む政治参加の拡大。
生活困窮者などの欠格規定を設けない制度。
選挙権拡大に合わせ、選挙運動の自由や社会運動の権利をより広く保障する方向。
どれが実現したかは、理念の優劣だけでなく、政党間の妥協、枢密院の審議、官僚の警戒、社会運動の力関係によって決まりました。
「もし女性参政権も同時に実現していれば、その後の歴史がどう変わったか」を断定することはできません。ただし、その要求が当時存在した以上、女性の排除を「時代だから仕方がなかった」と不可避の結果にすることもできません。
今あらためて見る理由
選挙制度では、「誰に一票があるか」だけでなく、立候補できるか、情報へ到達できるか、投票を妨げられないかが問われます。
制度改正を「前進」と評価する時にも、その外に残された人を確認する必要があります。逆に、不完全だったから無意味だと切り捨てれば、納税要件の撤廃によって参加できるようになった多くの人の変化を見失います。
澪
「前進だったことと、十分ではなかったことは、両方言っていいんですね」
凪
「むしろ、両方を同時に見ることが歴史の構造を理解する助けになります」
仁
「制度は一度広げれば終わりではない。誰がまだ外にいるかを確認し続ける必要がある」
玲
「『普通』という言葉ほど、境界を確かめなければなりません」
締め
資料室の時計が静かに時を刻む。
四人は、改正衆議院議員選挙法と、その後の選挙記録を机に並べた。
澪
「投票できる人が増えた日として覚えるだけでは、見えない人がいました」
凪
「今回は1925年普通選挙法を、普選運動、制度審議、最初の選挙、残された排除から整理しました」
仁
「改革を評価するなら、開いた範囲と閉じた範囲を同時に見ろ」
玲
「門の広さは、外に残った人からも測れます」
この回の核になる一文
「1925年普通選挙法は、政治参加の門を大きく開きながら、『普通』の外に置かれる人を残した改革でした。」
この回の解説ポイント
1925年普通選挙法とは?
衆議院議員選挙の納税資格を撤廃し、満25歳以上の男子へ選挙権を広げた選挙法改正です。
四人の読み方
玲:
門の外に残った人と、待たされた時間を見る。
澪:
投票制度の下で暮らした女性、労働者、生活困窮者を見る。
仁:
参加拡大と治安統制、制度運用の責任を見る。
凪:
普選運動、議会審議、欠格規定、1928年選挙への流れを整理する。
基本情報
年代:1925年成立、同年5月5日公布
場所:日本、帝国議会・枢密院
主な人物:加藤高明内閣、議会・枢密院関係者、普選運動と婦人参政権運動の参加者
何が変わったのか:納税資格が撤廃され、満25歳以上の男子に選挙権が広がった
歴史の流れ
背景:大正デモクラシー、普選運動、政党政治の進展
出来事:衆議院議員選挙法改正案の審議と修正
結果:男子普通選挙制の成立
その後:1928年に最初の男子普通選挙を実施。女性参政権は1945年に実現
今あらためて見る理由
制度の前進を評価しながら、その名称が隠す排除や、参加を実質化するための条件を考えられるからです。
この回の核になる一文
「門の広さは、外に残った人からも測れます。」
参照・確認した資料
・国立公文書館「普通選挙法が制定される」/大正14年法律第47号、1925年5月5日公布
・アジア歴史資料センター「護憲三派内閣の成立と衆議院議員選挙法の改正」
・アジア歴史資料センター「有権者とは何か――枢密院会議録から」
・国立国会図書館「大正デモクラシーと新しいメディア」
・国立公文書館「衆議院議員選挙法が改正され、婦人参政権が認められる」
・国立公文書館「女性をめぐる日本の社会と制度の歩み・年表」
・確認日:2026/08/10
※普通選挙法と治安維持法は近接した時期に成立しましたが、両法の関係を単純な交換条件として断定していません。

