行政監査区の執務室で、黒崎玲は保守契約の変更案を開いた。
対象は、居住基盤区で使われている換気設備だった。
都市は保守会社と契約し、設置済みの設備を契約終了日まで点検、修理させている。
保守会社は今回、製造と部品供給が終わった型式を、管理上の「標準型」から「旧型」へ分類し直した。
設備を交換したわけではない。
同じ設備が、今も建物で使われている。変わったのは、会社の管理画面に表示される分類だけだった。
旧型は新型より故障が多い。修理しても、別の箇所が短期間で壊れることがある。交換部品も残り少なく、修理には以前より時間がかかっていた。
会社は、旧型を直し続けるより、新型へ交換した方が安全だと考えた。
そこで都市の契約担当へ、契約変更案を提出した。
現在の契約に残っている保守費用を交換費用の一部へ振り替える。変更後、旧型は修理対象から外し、順番に新型へ交換するという内容だった。
変更するか決めるのは契約担当である。
玲の仕事は、その案に責任の抜け落ちがないかを監査することだった。
玲は設備の一覧を上から確認した。
交換日が決まっている設備。
交換日を調整している設備。
何も書かれていない設備。
最後の欄で、指が止まった。
交換日が空欄の設備が二台ある。
現在の契約が続く限り、故障すれば保守会社が対応する。
だが変更案が成立すれば、二台は旧型として修理対象から外れる。それなのに、交換日は決まっていない。交換まで誰が維持するのか、故障した場合に何を代わりに使うのかも書かれていなかった。
契約担当者が玲の机まで来た。
「旧型は故障を繰り返しています。修理より交換を急ぐ方が合理的です」
「二台、交換日がありません」
「順番は後から決めます」
「それまでは」
担当者の視線が画面へ落ちた。
「現在の設備を使います」
「故障した場合は」
返事はなかった。
会社の考えが間違っているわけではない。
技術者を旧型の修理へ使い続ければ、新型への交換が遅れる。新しい設備へ替えた方が、将来の故障も減らせる。
だが、交換を急ぐことと、交換までの責任をなくすことは別だった。
玲は左手首の銀の時計を見た。
居住基盤区では、その換気設備を使って、調理の熱や湿気を外へ逃がしている。交換までの数週間も、そこでの生活は続く。
監査画面には、二つの選択肢があった。
不足を軽微として記録する。
契約上の重大な欠落として記録する。
重大な欠落とすれば、契約変更の手続きは遅れる可能性がある。交換日が決まっている設備まで、着手が遅れるかもしれない。
玲は数秒間、入力欄を見つめた。
それから、重大な欠落を選んだ。
監査所見には短く記した。
「交換までの維持責任者および代替手段が未記載。履行の空白が生じる」
契約担当者が読み返した。
「変更を認められない、という意味ですか」
「決めるのは、あなたです」
玲は視線を上げた。
「私は、空白があると記録します」
契約担当は監査所見を検討し、会社へ変更案の修正を求めた。
交換日が決まっている設備は、予定に沿って新型へ替える。交換日が決まっていない設備は、現在の保守契約に残す。安全に修理できない場合は、交換まで使える代替設備を用意する。
修正版が届くまで、最初の交換作業は数日遅れた。旧型の維持費も当初の予定より増えた。
交換日が空欄だった二台のうち、一台はまだ旧型のままだった。
玲の監査で、設備が新しくなったわけではない。
それでも、その一台を交換まで誰が支えるのかは、契約に残った。
玲は監査記録の最後に、分類を変えた日と、現在の契約が終わる日を並べた。
設備を旧型と呼び直すことはできる。
修理から交換へ方針を変えることもできる。
だが、管理上の呼び方が変わっても、すでに引き受けた責任まで消えるわけではなかった。
掲載メモ
2006年8月24日、国際天文学連合は「惑星」の定義を決議し、冥王星を惑星とは別の「準惑星」に分類しました。
冥王星そのものが変化したのではありません。新しい観測や発見に合わせて、天体を整理する定義が変わりました。
この短編では天文学上の決議を再演せず、「分類が変わったとき、何が変わり、何は変わらないのか」という問いだけを受け取っています。
参照・確認した情報
国際天文学連合は2006年8月24日、太陽系の天体を惑星、準惑星、その他の小天体に分ける決議を採択しました。
惑星の条件には、太陽を回ること、自らの重力でほぼ丸い形になることに加え、軌道周辺からほかの天体を排除していることが含まれます。冥王星はこの定義により準惑星へ分類され、太陽系の惑星は八つとなりました。
NASAも、冥王星は太陽を回り、ほぼ丸い一方、軌道周辺を排除していないため準惑星に分類されると説明しています。
