夕方、紫藤澪は第三居住棟の設備階にいた。
この棟では、一週間かけて設備の更新が行われていた。作業中も住民が暮らせるよう、照明、換気、給湯は止めずに動かしていた。
そのために使われたのが、三台の仮設接続器だった。
古い設備と新しい制御系をつなぐため、照明用、換気用、給湯用に一台ずつ置かれている。
更新はすでに終わっていた。
澪の仕事は、仮設接続器を外し、新しい接続へ切り替わっていることを確かめるところまでだった。
一台目を外す。通路の照明は消えない。
二台目を外す。換気口から流れる風も変わらない。
最後の一台を外しても、給湯管の温度は保たれていた。
作業を手伝っていた若い担当者が、壁の点検口をのぞき込んだ。
以前は三台の接続器が必要だった場所に、今は手のひらほどの接続層が収まっている。厚さは指先より薄い。
「三つの設備が、これ一枚に入ったんですか」
「設備そのものは別々だよ」
澪は外した接続器を運搬台へ置いた。
「一つにまとまったのは、信号を受け渡す部分だけ。照明も換気も給湯も、動く経路は分けたまま」
一つの場所へ収めることと、すべてを同じ仕組みにしてしまうことは違う。
新しい接続層は、異なる三つの信号を受け取り、それぞれの設備へ正しく渡す。だから壁際を埋めていた接続器も、その間を走っていた配線も必要なくなった。
二人が設備階を出ると、天井の案内灯が進行方向へ順に明るくなった。
共用厨房の前では、夕食を作り始めた住民に合わせて換気量が上がる。清掃を終えた人が手洗い場を使うと、すぐに温水が流れた。
どれも目新しい動きではない。
ただ、その一つ一つをつなぐために必要だった場所が、ずっと小さくなっている。
運搬台には、役目を終えた三台の接続器が並んでいた。
担当者が再利用区画へ運ぶため、台を押していく。
澪は最後に点検口を閉じた。
継ぎ目の消えた壁の前を、夕食を持った住民が何も気にせず通り過ぎていった。
掲載メモ
1958年9月12日、米国テキサス・インスツルメンツの技術者ジャック・キルビーが、最初の実用的な集積回路の動作を実演しました。
当時の電子回路は、抵抗器やコンデンサーなどの部品を個別に作り、配線でつないでいました。キルビーは、複数の部品を一つの半導体材料の上へまとめて作れることを示しました。
この短編では、当時の研究所や集積回路をアークシティで再現していません。「別々に接続していた機能を一つの基盤へまとめると、暮らしを支える技術はどう小さくなっていくのか」という問いを受け取っています。
参照・確認した情報
コンピュータ歴史博物館によると、キルビーは1958年9月12日、ゲルマニウム片の上に五つの部品を組み込んだ集積回路の試験に成功しました。
その後、ロバート・ノイスもシリコンを用いた集積回路を独自に開発しました。現在、二人は集積回路の共同発明者として広く認められています。
