都市観測解析室の壁面に、市民公開用の人流図が映っていた。
前日のアークシティを、人がどの経路で移動したか色で示す図だ。多くの人が通った場所ほど明るく、少ない場所ほど暗く表示される。
中枢区から居住基盤区へ伸びる主要導線は、白い光になっていた。
外縁搬入区の一角だけが、何もないように黒い。
赤嶺凪は眼鏡を直し、公開前の図と内部確認用の集計を見比べた。
内部の図には、細い線が一本残っている。
夜間作業を終えた少人数の保守員が、公共交通へ乗り継ぐために使った歩行経路だった。
市民公開用の図では、その線が消されている。
「少人数の経路は公開しません」
公開情報の担当者が説明した。
「人数が少ない場所で時刻と経路を示せば、誰が歩いたのか推測される可能性があります」
「処理は正しいです」
凪は答えた。
個人の行動を守るため、一定人数に満たない移動記録は公開しない。必要な措置だった。
担当者は公開画面を指した。
「黒い場所は、利用者なしとして表示します」
凪の指が止まった。
「利用者なし、ではありません」
「公開できる人数に達していない、という意味です」
「見る側には伝わりません」
この人流図は、今後の交通や歩行者導線を市民が話し合う際にも使われる。
黒く塗られた場所は、誰も使っていない道に見える。
その状態が続けば、外縁部の夜間導線は、必要性の低い経路として扱われるかもしれない。
だが、細い線をそのまま公開することもできない。
毎晩ほぼ同じ時刻に同じ道を使う少人数の移動は、名前がなくても本人を推測する手掛かりになる。
鮮明にすれば、人の姿を見せすぎる。
ぼかせば、人数の少ない人から消えていく。
凪は黒い区画を見つめた。
プライバシーを守るために消した人を、最初からいなかったことにはしたくなかった。
「今日の人流図は、このままにします」
凪は言った。
「少人数の経路は公開しません」
「では、黒いままですか」
「黒の意味を分けます」
凪は表示を三つに変更した。
公開できるだけの記録がある場所は、これまでどおり明るく示す。
確認できる移動がなかった場所は、黒くする。
人の移動は確認されているが、個人を守るため公開できない場所は、灰色にする。
灰色の場所については、その日の人数も時刻も経路も示さない。代わりに、複数日の記録をまとめ、繰り返し使われている導線があるかだけを別の図で示す。
「一枚で説明できなくなります」
担当者が言った。
「はい」
「市民から、分かりにくいと言われます」
「その可能性はあります」
凪は表示条件を記録した。
「でも、ゼロと非公開は違います」
*
公開された人流図は、以前より読む手間が増えた。
明るい場所、黒い場所、灰色の場所。それぞれの意味を確かめなければならない。
市民からは、もっと単純にしてほしいという意見が届いた。灰色が多すぎて、都市の状態を判断できないという指摘もあった。
それでも、外縁搬入区は「利用者なし」にはならなかった。
複数日の傾向図には、夜間に繰り返し使われている導線が一本だけ現れた。
そこを誰が、何人で、何時に歩いたのかは見えない。
その道がどれほど重要なのかも、図だけでは決められない。
確定しているのは、誰もいない場所ではないということだけだった。
凪は公開後の画面を確認した。
遠くから見れば、アークシティの姿は少しぼやけている。
中央の太い光から離れた場所に、細い灰色が残っていた。
鮮明ではない。
それでも、その場所はもう、空白ではなかった。
掲載メモ
1959年8月14日、米国の人工衛星エクスプローラー6号が、軌道上から初めて地球を撮影しました。画像は不鮮明で、太平洋の一部と雲を捉えた粗いものでした。この掌編は史実を置き換えたものではなく、不完全な像をどう示し、見えない部分を「存在しない」と誤解させないかという主題を受け取っています。
