午後五時四十分、紫藤澪は外縁区での仕事を終え、アークレールの駅へ向かった。
ホームの行き先表示が、今日から変わっている。
《中央居住区まで直通》
これまでは、外縁線から環状線へ乗り換え、中央駅でもう一度、居住区線へ移る必要があった。
今日からは、同じ列車が三つの路線を続けて走る。
新しい線路ができたわけではない。別々に使われていた路線をつなぎ、列車がそのまま走れるようになったのだ。
澪は車内へ入り、空いていた席へ座った。
いつもの乗換駅が近づくと、何人かの乗客が立ち上がった。向かいに座っていた女性も、眠っている子どもを抱き上げようとしている。
そのとき、車内案内が流れた。
《この列車は、そのまま中央居住区へ向かいます》
女性は動きを止め、窓の路線表示を見た。
「ここで降りなくてもいいんですか」
「大丈夫です。このまま着きますよ」
澪が答えると、女性は子どもを起こさずに座り直した。
駅を出た列車は、環状線へ続く分岐へ入った。
窓に表示された青い外縁線が、白い環状線へつながる。さらにその先で、中央居住区まで一本の線が伸びていた。
列車の速さは、昨日までと変わらない。
それでも、階段を下りる必要がない。混雑した通路を歩かなくていい。次の列車が来るまで待たなくていい。
澪は普段、設備をつなぐ仕事をしている。
だが今、つながったことで変わったのは設備だけではなかった。
眠っている子どもを起こさずに帰れる人がいる。
重い荷物を持ったまま、二度も列車を降りなくて済む人がいる。
中央居住区へ到着したのは、午後六時八分だった。
いつもより二十四分早い。
駅前の共同市場には、夕食を買う人がまだ残っていた。澪が普段ここを通るころには売り切れている温かい煮込みも、今日は二つ並んでいる。
店員が澪の顔を見た。
「今日は早いですね」
「乗り換えがなくなったんです」
澪は煮込みを一つ買った。
市場を出ると、頭上を乗ってきた列車が通り過ぎた。外縁区へ向かう窓の中に、仕事を終えた人たちの姿が見える。
澪は温かい夕食を持ち、自宅へ続く通路を歩き始めた。
掲載メモ
1830年9月15日、英国でリバプール・アンド・マンチェスター鉄道が開業しました。
同線は、蒸気機関車によって二つの主要都市を結び、旅客と貨物を運んだ近代的な都市間鉄道として知られています。決められた時刻に列車を走らせ、信号を使って運行する仕組みも、その後の鉄道の基礎となりました。
開業日の式典では死亡事故が起きています。一般向けの定期旅客運行は、二日後の9月17日に始まりました。
この短編では、当時の英国や蒸気機関車、開業日の事故をアークシティで再現していません。「交通が場所を結ぶと、人の帰り方や使える時間も変わる」という点を受け取っています。
参照・確認した情報
リバプール・アンド・マンチェスター鉄道は1830年9月15日に正式開業しました。英国科学産業博物館は、同線を旅客と貨物の両方を運ぶために造られた、世界初の蒸気動力による都市間鉄道と説明しています。
英国の官報を刊行するThe Gazetteは、同線が蒸気動力、定期旅客運行、信号システムを組み合わせた最初の近代的都市間旅客鉄道だったと紹介しています。
