学校支援端末から届いた相談は、四行に整理されていた。
〈私のアカウントは閉じられました〉
〈同級生から送られた公開映像は、ログインしなくても見られました〉
〈そこに私が映っていました〉
〈消してほしかったけれど、相談ボタンがありませんでした〉
相談者の名前は表示されていない。
分かるのは、十四歳であることと、翌朝になって学校の支援端末から相談したことだけだった。
黒崎玲は、最後の一行をもう一度開いた。
アークシティでは三か月前から、十六歳未満の市民が、映像や文章を公開し合う民間サービスに個人アカウントを持つことを制限していた。
連続して流れる推薦映像。
見知らぬ相手から届く言葉。
公開された評価を何度も確かめてしまう時間。
成長途中の子どもを、そうした仕組みから離すための制度だった。
子どもや保護者が罰を受ける制度ではない。サービスを運営する事業者が年齢を確認し、対象となるアカウントを作らせない。
既存のアカウントも閉じる。
事業者から都市へ送られた運用記録では、閉鎖処理は予定どおり進んでいた。
玲が担当していたのは、その初期運用を適合とするかどうかの監査だった。
「相談者は、その日のうちに助けを求められなかったのですか」
玲は、学校支援担当者へ照会した。
「公開ページには、相談窓口への入口がなかったそうです。翌朝、担任を通して支援室へ来ました」
「映像は残っていますか」
「学校から事業者へ削除を申し立てました。現在は非公開になっています」
「本人のアカウントを戻す必要はありましたか」
「いいえ。本人も、それは求めていません」
玲は相談記録を閉じ、事業者が提供している試験画面を開いた。
年齢を十四歳に設定する。
個人アカウントは作れない。
そこまでは制度どおりだった。
次に、公開映像のアドレスを直接入力する。
映像は表示された。
コメントも読める。
しかし、削除を求める機能も、学校や相談窓口へつながる案内も表示されなかった。
画面の端にあるのは、ログインを求める表示だけだった。
アカウントは閉じられている。
それでも、外から見ることはできる。
そして、外にいる者は助けを求められない。
玲は事業者へ監査照会を送った。
午後、都市運営局の青少年保護担当者と、公開交流サービスの運用責任者が倫理監査部を訪れた。
「当社は、対象となるアカウントを閉鎖しています」
運用責任者は認証済みの処理記録を示した。
「新規登録時の年齢確認も実施しています。制度上の条件は満たしています」
「未登録の閲覧者が、公開内容の削除を求めることはできますか」
「できません。どの利用者からの申立てか確認できないためです」
「相談窓口への案内は」
「登録者向けの機能です」
「では、アカウントを閉じられた子どもは、公開内容を見ることができても、そこから助けを求めることはできません」
「公開ページの閲覧は、現在の制限対象ではありません」
責任者の説明は間違っていなかった。
制度が事業者へ求めているのは、十六歳未満にアカウントを持たせないことだった。
アカウントを失ったあと、どの機能まで使えなくなるかは、適合条件に書かれていない。
都市運営局の担当者が口を開いた。
「今回の制度は、まず子どもを公開交流サービスから離すためのものです。初期運用を適合としたうえで、相談機能は次の見直しへ回せませんか」
「この生徒は、離れられていません」
玲は四行の相談記録を表示した。
「直接送られた公開映像を見ています」
「すべての閲覧を止める制度ではありません」
「分かっています」
玲は短く答えた。
「だから、閲覧まで閉じるとは言っていません」
運用責任者が玲を見た。
「では、何を求めているのですか」
「助けを求める入口です」
「ログインしていなければ、相手が子どもかどうか確認できません」
「確認する必要はありません。入口は、誰にでも表示できます」
室内が静かになった。
玲は、登録を拒否された画面と、ログインせずに開いた公開ページを並べた。
「公開投稿はさせない。連続推薦も動かさない。見知らぬ相手との直接通信も認めない。その制限は続けてください」
その横へ、学校支援と市民相談窓口を示す接続先を置いた。
「ただし、相談するためにアカウントを要求しない。見ているページの情報を添えて、公開内容の削除を申し立てられるようにする。学校や市の相談窓口にも、ここからつなげてください」
「匿名の申立てが増えます」
「その可能性は記録してください」
「対応する人員も必要になります」
「それも記録します」
玲は、初期運用の適合欄を閉じた。
「閉じたことと、守れたことは同じではありません」
青少年アカウントの制限は継続された。
ただし、初期運用を全面的に適合とする判断は保留された。
都市運営局と事業者には、二つの入口を設けるよう条件が示された。
ひとつは、ログインせずに公開内容の削除を申し立てる入口。
もうひとつは、学校や市の相談窓口へつながる入口。
相談内容や利用者の名前を、倫理監査部が収集することは認めなかった。監査へ残すのは、入口が表示されたか、相談先へ接続できたかという運用記録だけだった。
事業者からは、対応負担が増えるという異議が出た。
市民の一部からは、子どもがサービスへ残る道を作ることになるという批判も届いた。
すべての事業者が、同じ日に対応できたわけではない。
それでも数日後、一社が新しい画面の試験運用を始めた。
公開映像の下に、小さな青白い印が加えられた。
そこを開くと、アカウントを作らなくても、削除の申立てと相談先の選択ができる。
夜、玲の監査表示に新しい記録が届いた。
〈公開ページから相談窓口へ接続 一件〉
誰が接続したのかは表示されない。
何を相談したのかも分からない。
最初の生徒だったのか、別の誰かだったのかも、玲には確かめられなかった。
玲はその記録を消さず、翌朝の判断履歴へ残した。
アカウントを閉じる線は、必要だった。
ただし、その線の外側まで、助けを求める道をなくしてはならない。
玲が記録したのは、誰が何を見たかではない。
閉じられた画面の外に、戻れる道が残されていたかどうかだった。
着想となったニュース
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オーストラリアでは2025年12月10日から、対象となるソーシャルメディア事業者に対し、16歳未満がアカウントを作成・保持することを防ぐための合理的な措置を求める制度が施行されています。子どもや保護者が罰を受ける制度ではありません。
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2026年7月31日に公表された初期評価では、対象サービスのアカウントを持つ子どもの割合は減少した一方、アカウントの有無を問わない利用率の低下は小幅にとどまりました。
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調査では、制度開始後も対象サービスを利用していた10~15歳が八割を超え、多くの子どもが年齢確認を求められないままアカウントを維持していたことも報告されています。
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この評価は制度開始三か月後の初期状況を示すもので、長期的な効果を結論づける段階ではないとされています。
制度施行日: 2025年12月10日
初期評価の調査期間: 2025年11月~12月、2026年3月~4月
評価公表日: 2026年7月31日
参照情報
※本作は、「アカウントを閉じても利用そのものが消えるとは限らない」という現実の調査結果から着想したフィクションです。本文に登場する都市認証、学校支援端末、匿名の削除申立て、相談経路は架空の制度です。
