都市観測解析室で、赤嶺凪は翌朝に公開する資料を確認していた。
画面には、アークシティ全体の平均待ち時間が表示されている。
エアロシャトルの停留所。
医療窓口。
生活基盤設備の修理受付。
三つを合わせた待ち時間は、前回より短くなっていた。
この数字だけを見れば、市民の暮らしは改善している。
凪は区画ごとの数字を開いた。
中枢区と居住基盤区では、確かに待ち時間が短くなっている。ところが、外縁搬入区だけは長くなっていた。
それでも都市全体の平均は改善している。
外縁搬入区は、ほかの区画より利用者が少ない。そのため、そこで多くの人が長く待っていても、都市全体の数字には小さくしか表れない。
担当者が用意した公開案には、全体の平均だけが載っていた。
「市民全体を同じ基準で扱うため、区画別の数字は掲載しない」
その説明は間違っていない。
全区画を同じ都市として集計する。人口の少ない区画だけを特別に扱わない。全体の状態を一つの数字で示せば、市民にも伝わりやすい。
ただし、その数字だけを公表すれば、外縁搬入区の悪化は見えなくなる。
困っている人は、確かに数えられている。
だが、大きな平均の中に入れた瞬間、いないのと同じ扱いになる。
凪は眼鏡を押し上げた。
都市平均だけを出せば、資料は分かりやすい。
区画別の数字も出せば、どこで状況が悪くなっているか分かる。その代わり、数字の説明は長くなり、「都市全体は改善した」という結論も単純には言えなくなる。
凪が決めるのは、対策ではない。
どの区画へ人員や予算を回すかを決める権限もない。
彼女が決められるのは、判断する人へ何を見せるかだけだった。
凪は、都市平均を残した。
その下へ、区画ごとの待ち時間を追加した。
確定している数字。
観測が足りず、推定を含む数字。
まだ状態を判断できない項目。
三つを分けたうえで、外縁搬入区には短い注意書きを添えた。
「都市全体では改善。ただし、外縁搬入区では待ち時間が増加」
最後に、公開理由を登録した。
「同じ都市に含まれていることを、同じ状態であることにはしない」
送信の直前、凪の指が止まった。
この形で公表すれば、都市の評価は下がるかもしれない。改善を発表したい側から、余計な数字を加えたと言われる可能性もある。
それでも凪は送信した。
翌朝、公開資料を見た市民から、数字が増えて分かりにくくなったという声が届いた。一方で、外縁搬入区の待ち時間が初めて見えたという反応もあった。
だからといって、すぐに人員が増えるわけではない。
予算が回るとも決まっていない。
凪がしたのは、問題を解決することではなかった。
問題がないことにされるのを防いだだけだ。
ひとつの都市に暮らしていても、全員が同じ場所で、同じように待っているわけではない。
全体へ加えることは、その違いを消すことではない。
凪は区画別の表示を残したまま、公開画面を閉じた。
掲載メモ
1959年8月21日、ハワイはアメリカ合衆国の50番目の州になりました。
この短編では史実をアークシティで再現していません。「より大きな全体へ加わっても、その土地や人が持つ違いまで消してよいわけではない」という問いだけを受け取っています。
作中では、アークシティ全体の平均だけを示すのか、区画ごとの違いも残すのかを、凪が一度だけ判断します。
参照・確認した情報
米国国立公文書記録管理局によると、ハワイは州昇格法案の成立と住民投票を経て、1959年8月21日の大統領布告によって50番目の州になりました。同局は、州昇格へ至る長い過程とともに、先住民を含む当事者や、米国による併合へ異議を示した記録も紹介しています。
米国上院の州別年表も、1959年3月の法案成立、6月27日の住民による承認、8月21日の州昇格を記録しています。
