今回扱うテーマの一言紹介
大化の改新は、645年の乙巳の変をきっかけに、王権を中心とする新しい国づくりへ向かっていった政治改革です。
ただし、これは単に
「蘇我氏を倒して、天皇中心の国になった」
という話ではありません。
乙巳の変は、蘇我入鹿が討たれ、蘇我本宗家の力が大きく失われた政変です。
一方、大化の改新は、その政変のあとに進められた、支配の仕組みを作り変える動きです。
つまり、
事件としての乙巳の変と、
政治改革としての大化の改新は、つながっていますが、同じものではありません。
この回では、大化の改新を、
「誰が国を動かすのか」
「土地と人は誰のものとされたのか」
「改革によって、何が整い、何が縛られたのか」
という分かれ道として読んでいきます。
導入
雨の日の資料室。
窓の外では、細い雨が静かに降り続いていた。
机の上には、飛鳥時代の年表と、古代豪族の系図が広げられている。
澪は「大化の改新」と書かれた見出しを見て、少し考え込んだ。
澪
「大化の改新って、蘇我氏を倒して、天皇中心の政治にした出来事……ですよね?」
凪
「入口としてはそう覚えられることが多いです。ただ、正確に見るなら、まず分けた方がいいです。蘇我入鹿が討たれた645年の事件は、乙巳の変です。その後に進められた政治改革を、大化の改新と呼びます」
澪
「あ、事件そのものが大化の改新というわけではないんですね」
凪
「はい。ここを混ぜると、歴史の流れが単純になりすぎます」
玲
「倒したことと、作り変えたことは違う」
仁
「重要なのは、蘇我氏が悪で、中大兄皇子や中臣鎌足が正義だった、という話にしないことだ。これは権力の移動であり、国の形を作り直す政治過程でもある」
澪
「正義の改革、みたいに見ると危ないんですね」
凪
「そうです。今回は、そこを丁寧に見ていきます」
乙巳の変とは何だったのか
凪
「まず、645年の乙巳の変から整理します。飛鳥時代、有力豪族である蘇我氏は、大王家と深く結びつき、大きな政治的影響力を持っていました」
澪
「蘇我氏って、かなり強い一族だったんですよね」
凪
「はい。ただし、蘇我氏を単純に“横暴な悪役”として見るのは注意が必要です。蘇我氏は長い間、王権を支える重要な豪族でもありました。政治の中心に深く関わっていたからこそ、力が大きくなったのです」
仁
「権力を持つ者は、支える者でもある。だが、支える力が大きくなりすぎれば、今度は王権そのものを圧迫する」
玲
「近い者ほど、中心を揺らすことがある」
凪
「その蘇我氏の力に対して、中大兄皇子や中臣鎌足らが動きます。飛鳥板蓋宮で蘇我入鹿が討たれ、蘇我蝦夷も自害したとされます。これが乙巳の変です」
澪
「かなり激しい政変ですね」
仁
「政変だ。改革のきれいな始まりではなく、血を伴う権力の転換だと見た方がいい」
澪
「大化の改新って、教科書では改革の話として出てくるから、そこまで生々しい印象が薄かったです」
玲
「新しい形の前に、壊されたものがある」
その後、何が変わろうとしたのか
凪
「乙巳の変のあと、皇極天皇は退位し、軽皇子が孝徳天皇として即位します。中大兄皇子は皇太子となり、中臣鎌足も政治の中枢に入っていきます」
澪
「中大兄皇子がすぐ天皇になったわけではないんですね」
凪
「そこも大事です。中大兄皇子はすぐに即位したわけではありません。改革は、孝徳天皇の時代に進められたとされています」
仁
「つまり、個人の英雄物語ではない。天皇、皇太子、側近、有力豪族、地方支配の仕組みが絡む政治過程だ」
凪
「646年には、『日本書紀』に改新の詔として記される方針が出されたとされています。そこでは、公地公民、地方行政の整備、戸籍や税の仕組みにつながる内容が語られます」
澪
「公地公民って、土地も人も公のものにする、という意味ですよね?」
凪
「基本的にはそうです。それまで豪族が支配していた土地や人を、王権のもとに位置づけ直そうとする考え方です」
玲
「土地を変えることは、人の居場所を変えること」
仁
「制度としては重要だ。だが、人々から見れば、自分たちが誰に支配され、何を納め、どこに編成されるかが変わる話でもある」
澪
「改革って、上から見ると国づくりだけど、下から見ると暮らしの変化なんですね」
凪
「はい。そこを見るのが、この回の大事なところです」
「改新の詔」をそのまま読んでよいのか
澪
「でも、改新の詔に書いてあるなら、その通りに改革が始まったんじゃないんですか?」
凪
「ここは慎重に見たいところです。『日本書紀』は大化の改新からかなり後の時代に編纂された歴史書です。そのため、そこに書かれた改新の詔が、646年当時の姿をそのまま伝えているのかについては、研究上の議論があります」
澪
「後の時代の制度に合わせて、少し整えられているかもしれない、ということですか?」
凪
「はい。たとえば、地方制度についても、後の律令制度の言葉が反映されている可能性が指摘されてきました。特に有名なのが、郡と評をめぐる問題です」
仁
「歴史書に書いてあるから、そのまま当時の現実だと決めつけるな、ということだ」
玲
「記録は、残された時代の言葉も背負う」
凪
「もちろん、『日本書紀』が無意味だということではありません。重要な史料です。ただし、後から編纂された史料である以上、木簡などの同時代に近い資料と照らし合わせて読む必要があります」
澪
「歴史って、出来事を覚えるだけじゃなくて、“どう分かるのか”も見るんですね」
凪
「そうです。大化の改新は、まさにそこが大事なテーマです」
中央集権とは何を意味したのか
凪
「大化の改新を考えるうえで、よく使われる言葉が中央集権です」
澪
「中央集権って、中心に権力を集めることですよね?」
凪
「はい。地方の豪族がそれぞれ支配していた土地や人を、王権のもとで把握し、全国を一定の仕組みで治めようとする方向です」
仁
「国をまとめるには、中心が命令を出し、地方がそれに従う仕組みが必要になる。だが、それは同時に、地方の自立性を削ることでもある」
玲
「まとまることは、縛られることでもある」
澪
「国が整うのは良いことに見えるけど、自由に動けなくなる人もいたんですね」
凪
「そうです。たとえば、有力豪族にとっては、自分たちが持っていた支配権が削られる可能性があります。地方の人々にとっては、誰に何を納めるのか、どのように登録されるのかが変わっていきます」
仁
「改革は、きれいな言葉で語られやすい。だが、制度が変わるとき、必ず権限を失う者、負担を負う者、管理される者が出る」
澪
「それを見ないと、“改革=良いこと”だけになってしまうんですね」
凪
「はい。大化の改新は、日本が律令国家へ向かう大きな流れの入口として重要ですが、それは一気に完成したものではありません」
改革は一度で完成したのか
澪
「大化の改新で、すぐに律令国家が完成したわけではないんですか?」
凪
「そうです。ここも大事です。大化の改新は、後の律令国家へ向かう重要な出発点として語られます。ただし、律令国家の制度が整っていくのは、その後の天智天皇、天武天皇、持統天皇の時代、さらに大宝律令へ至る長い過程の中です」
仁
「改革は、宣言した瞬間に完成するものではない。人を登録し、土地を把握し、税を取り、地方を編成し、命令を伝える仕組みを作らなければ動かない」
玲
「言葉が先に立ち、現実が遅れて追いかける」
澪
「じゃあ、大化の改新は“完成”ではなく、“始まり”なんですね」
凪
「そう見るのがよいです。乙巳の変で政治の中心が揺れ、改新の方針が示され、その後の数十年をかけて、律令国家の形が少しずつ整えられていきました」
仁
「一つの事件で国が変わった、と見ると分かりやすい。だが、実際には政治過程だ。何十年もかけて、制度は形になる」
澪
「関ヶ原もそうでしたけど、“その日で全部決まった”と思わない方がいいんですね」
玲
「分かれ道は、一日では終わらない」
蘇我氏をどう見るか
澪
「蘇我氏って、どうしても倒される側として覚えてしまいます。でも、悪い一族だったと言い切っていいんでしょうか」
凪
「そこは慎重にしたいです。蘇我氏は、仏教受容や外交、王権の政治運営に深く関わってきた有力氏族です。大きな力を持ったことは確かですが、それは王権を支える役割を持っていたからでもあります」
仁
「権力闘争で敗れた側は、後の記録の中で悪く描かれやすい。勝った側が、新しい秩序を正当化するために、倒した相手を問題ある存在として語ることは珍しくない」
玲
「敗れた者の顔は、勝った者の言葉で残る」
澪
「だから、蘇我氏をただの悪役にしない方がいいんですね」
凪
「はい。蘇我氏の力が王権を圧迫していた面はあります。ただし、彼らは古代国家形成の中で重要な役割を果たした存在でもありました」
仁
「歴史を読むなら、倒された側にも、その時代なりの役割があったことを見るべきだ」
中大兄皇子と中臣鎌足をどう見るか
澪
「じゃあ、中大兄皇子と中臣鎌足は、改革を進めた人たちですよね」
凪
「はい。ただし、二人を近代的な意味での改革者のように見ると、少しずれます。彼らは理想のためだけに動いたというより、王権の主導権を回復し、新しい支配秩序を作ろうとした政治的な当事者です」
仁
「改革には理念がある。だが同時に、権力の再配置でもある。誰が命令し、誰が従うのかを変える行為だ」
玲
「正すことと、握ることは近い」
澪
「改革って、きれいな言葉だけでは見られないんですね」
凪
「そうです。中大兄皇子や中臣鎌足の動きは、日本の国家形成に大きな意味を持ちます。ただ、それは“正義の改革者が悪い豪族を倒した”という単純な話ではありません」
仁
「誰が国を動かすのか。その問いに対する答えを変えた。そこに大化の改新の重さがある」
少し深く見る
澪
「大化の改新って、結局、良い改革だったんですか?」
凪
「難しい問いです。後の律令国家へ向かう流れの中では、大きな意味を持ったと言えます。中央の権力が地方を把握し、税や行政の仕組みを整える方向へ進んだからです」
仁
「だが、良い改革かどうかは、どこから見るかで変わる」
澪
「中心から見るか、地方から見るか、支配する側から見るか、支配される側から見るか、ですね」
仁
「そうだ。中心から見れば、国が整う。豪族から見れば、権限を失う。民から見れば、新しい負担や管理が届く」
玲
「整った国の下に、数えられる人がいる」
凪
「この時代の改革は、“国を作る”という大きな流れの中にあります。ただし、国が整うということは、人々がより強く把握されるということでもあります」
澪
「国の形ができるって、安心だけじゃなくて、管理も強くなるんですね」
凪
「はい。だから大化の改新は、古代国家の出発点としてだけでなく、支配の仕組みが変わる出来事として読む必要があります」
今あらためて見る理由
大化の改新は、遠い古代の政治改革です。
けれど、今あらためて見る意味があります。
改革という言葉は、現代でもよく使われます。
制度改革。
行政改革。
教育改革。
働き方改革。
改革という言葉には、前向きな響きがあります。
しかし、歴史を見れば、改革はいつもきれいなものだけではありません。
何かを整えるということは、別の何かを削ることでもあります。
中心を強くするということは、周辺の自由を狭めることでもあります。
新しい仕組みを作るということは、それまでの仕組みに生きていた人を動かすことでもあります。
澪
「改革って、良くすることだと思っていました。でも、誰にとって良くなるのかを見ないといけないんですね」
凪
「そうです。大化の改新を見ると、改革を“正しいこと”として受け止めるだけでは足りないと分かります」
仁
「制度を変えるなら、変えられる側を見る必要がある。中心の理屈だけで改革を語るな」
玲
「新しい形の下に、置かれる人がいる」
澪
「大化の改新って、古代の話だけど、今の制度改革を見る目にもつながりますね」
凪
「はい。歴史は、過去の答えを暗記するためだけではありません。今の言葉を疑うためにもあります」
締め
澪
「大化の改新って、蘇我氏を倒して天皇中心の政治にした、くらいの印象でした。でも、乙巳の変と改革は分けて見ないといけないんですね」
凪
「はい。今回は、645年の乙巳の変をきっかけに、王権を中心とする新しい支配の仕組みが作られていく流れを見ました。ただし、それは一度で完成したものではなく、その後の長い政治過程の中で形になっていきます」
仁
「改革は、宣言では終わらない。誰の権限を削り、誰を管理し、誰に負担を負わせるのか。そこまで見なければ、制度は読めない」
玲
「国の形が変わるとき、人の形も変えられる」
澪
「改革という言葉を、少し慎重に見るようになりました」
凪
「それが、この回の入口です」
この回の核になる一文
改革とは、古いものを倒すことではない。新しい仕組みの中に、人々を置き直すことである。
この回の解説ポイント
大化の改新は何の話か
645年の乙巳の変をきっかけに、王権を中心とする新しい国家づくりへ向かっていった政治改革の話。
ただし、乙巳の変そのものと、大化の改新は同じではありません。
乙巳の変は政変。
大化の改新は、その後に進められた政治改革です。
四人の見方
玲:
改革の下で、置き直される人を見る。
新しい仕組みの陰にある痛みを拾う。
澪:
「改革は良いことではないのか」という読者目線の疑問を出す。
古代の政治を、今の制度改革を見る感覚につなげる。
仁:
改革を、権力の再配置として見る。
誰の権限が削られ、誰が管理され、誰が負担を負うのかを問う。
凪:
乙巳の変と大化の改新を分け、蘇我氏・中大兄皇子・中臣鎌足・孝徳天皇の関係を整理する。
さらに、改新が一度で完成したのではなく、後の律令国家形成へ続く過程だったことを説明する。
基本の流れ
・飛鳥時代、蘇我氏が大きな政治的影響力を持つ
・中大兄皇子と中臣鎌足らが蘇我入鹿を討つ
・この645年の政変を乙巳の変という
・皇極天皇が退位し、孝徳天皇が即位する
・中大兄皇子は皇太子となる
・646年、改新の詔として伝えられる改革方針が示される
・公地公民、地方支配、税制、戸籍につながる方向が打ち出される
・ただし、改革内容がその時点で一気に完成したわけではない
・後の天智・天武・持統朝、大宝律令へ向かう長い国家形成の過程として見る必要がある
通説と史料の見方
大化の改新は、『日本書紀』によって大きく知られています。
しかし、『日本書紀』は後の時代に編纂された歴史書です。
そのため、改新の詔に書かれた内容が、646年当時の姿をそのまま伝えているのかについては、研究上の議論があります。
特に、地方制度をめぐる郡と評の問題は重要です。
歴史を見るときは、後から書かれた史書と、木簡などの同時代に近い資料を照らし合わせる必要があります。
今あらためて見る理由
大化の改新は、古代の改革です。
けれど、現代にもつながる問いを持っています。
改革という言葉は、良い響きを持ちます。
しかし、改革はいつも、誰かの権限を削り、誰かを新しい制度の中に置き直します。
だから大化の改新は、
「改革とは何を良くし、何を変え、誰に負担を負わせるのか」
を考えるための歴史です。
この回の核になる一文
改革とは、古いものを倒すことではない。新しい仕組みの中に、人々を置き直すことである。

