昼休み、赤嶺凪は外縁の保全区画へ入った。
周囲には居住棟も連絡通路もある。だが、この区画だけは建物を増やさず、低い草地と浅い水辺が残されていた。
凪は入口の案内を開いた。
表示されたのは、歩ける範囲と閉門時刻だけだった。見晴らしのよい場所も、最短で回れる順路も示されていない。
読み込みに失敗したのかと思い、もう一度開く。
表示は変わらなかった。
凪は眼鏡を押し上げ、細い歩道を進んだ。
保全区画は、放置されているわけではない。水位や植生は観測され、危険な場所には入れない。歩道も、人が土を踏み広げない範囲に整えられている。
ただし、店も休憩所も観覧台もなかった。
何かを見せるための場所ではなく、建てない状態を守るための場所だった。
歩道の先で、凪は立ち止まった。
風が草の上を渡るたび、穂の向きが少しずつ変わる。水辺では、小さな波が岸へ届く前に消えていた。
どちらも珍しい現象ではない。
凪は普段なら、風向きと時刻を確認しただろう。草の種類が分からなければ、画像を照合したかもしれない。
だが今日は、何も調べなかった。
持ってきた昼食を開き、歩道脇の腰掛けへ座る。
遠くでアークレールが通過した。車体は居住棟の間へ消え、低い走行音だけが遅れて届いた。
都市では、空いている場所には役割が求められる。
住む場所。通る場所。物を作る場所。人を集める場所。
この区画にも、別の使い方はあるはずだった。それでもアークシティは、使える土地の一部を、使い切らないまま残している。
昼食を終えた凪は、容器を鞄へ戻した。
帰ろうとしたとき、草の奥から短い鳴き声がした。
姿は見えない。
凪の手が端末へ伸び、途中で止まる。
音は、もう一度だけ聞こえた。
凪は名前を調べないまま、歩道を入口へ戻った。
掲載メモ
1964年9月3日、米国のリンドン・B・ジョンソン大統領がウィルダネス法へ署名しました。
同法は、道路や恒久的な建造物、動力を使った移動などを原則として制限し、自然の特性を損なわない形で区域を将来へ残す「全米原生自然保全制度」を設けました。
この短編では、米国の法律や土地制度をアークシティで再演していません。「利用できる場所をすべて開発せず、手を加えない状態にも都市の役割を認められるか」という問いだけを受け取っています。
参照・確認した情報
ウィルダネス法は1964年9月3日に成立し、全米原生自然保全制度を設けました。成立時には、54区域、合計約910万エーカーが原生自然区域として指定されました。
法律は、これらの区域を現在の人々が利用できるだけでなく、将来も原生自然として保たれるよう管理することを目的に掲げています。
